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岐路に立つ読書のススメ

私の数少ないポリシーの一つに『読書のススメ』というものがある。
幼少の頃から、母親にテレビ・ゲーム・漫画を極端に制限され、その上一人っ子で、
群れるのが好きじゃなかったために、その代償に母親から強制読書を頂戴し、いつ
の間にか本の世界にのめり込んでいった。
その足跡の良し悪しは全く分からないが、取りあえず、自ら歩んだ道だけに子供達
にも辿って欲しいという親心、それで子供達(身内だけでなく絡んだ子供全てに)
には口うるさく本を読めと言い続けている。たとえ勉強はしなくても、本さえ読ん
でいれば…、と言った具合にだ。
ところが、今日見事に一本取られた。

朝、嫁さんが何やら子育て講演会があるとかで、いそいそと出掛けていった。
そして帰って来た時には、自信に満ちた、いや勝ち誇ったような顔で私の前に仁王
立ち。これにはたまたま鶏を捌きに来ていた友人も、何だ?とびっくり。
「いやー、今日の講演会は為になったねー。」
と私の反応も待たずに、受け売り子育て論を一気にぶち上げ始めた。
私は“評論家の語る子育て論なんて”という頭があるから、早速お得意の聞き流し頷
き法を実践してたが、その中で「15歳までは読書は必要ない!」「漢字の反復練
習はしなくてよい。一切書かずに覚える事ができる!」なんて言い出したもんで、
ついカチンときてしまう。
「そりゃ目茶苦茶だな!そんなトンデモ教育論を聴きに行ったん?子供に読書させ
ないで感性なんか生まれる訳ないだろ、考える力も養えないし。あ、オレがいつも
文句ばかり言うから、仕返ししたいんだろ。」
しかし嫁は涼しい顔で笑いだし、話を遮る。嬉しくて仕方ないと言わんばかりに。
「あー、そうくると思った。けどね、15歳、っていうのは自己確立する時期なん
だけど、それまでに読書を沢山してきた人達は、15歳過ぎたら自分探しの旅に出
ちゃうって。それ聞いて思わず友達と声出して笑ってしまったよ。あ、身近にその
失敗例があった!ってね。」
突然そんな事を言われたもんで、「うっ」と言葉に詰まった。すぐに開き直って、
「自分探しをしてどこが悪い!」って言い返したんだが…なんだかなぁ。

考えてみれば、40半ばのおっさんが家族そっちのけで自分探しの旅をするって、
恥ずかしぃ、もう外聞悪すぎるって。
決してそんな大仰な旅でなく、鉄道マニアとしての最後の矜持なんだが、結局傍
から見れば糞も味噌も一緒なのだろう。
だからと言って、止めるわけにはいかない。
これからは、余りエラソーに旅に出るから!なんて高言するのを止め、やや恥じ
らい気味にちょいとそこいらまでと、つぶやく事としよう。
そして読書をしろ!と見下ろし公言するんでなく、子供達の耳元で「きっと本を
読んだら楽しい事が起こるだろうにね、おじさんは読んで欲しいなぁ」と猫なで
声でささやいてみようかな。


by ut9atbun61 | 2019-03-31 23:51 | | Comments(0)

開拓の後ろ側で

満州マニアの私にETVはまた知られざる情報をくれた。
「彼らは再び村を追われた 知られざる満蒙開拓団の戦後史」
歴史として語るには余りにも重く辛い現実がここにある。

昭和期戦争中、食料を求め開墾地を探し、政府の勧める中国東北部に移った満蒙
開拓団の人々。当初はそこそこ平穏に暮らしていたが、戦局悪化と共に現地の防
衛隊である関東軍に見捨てられ(先に逃げ出した)、半数以上が命を落とし、ほ
うほうの体で日本に逃げ帰ってきた。
ところが戦後の日本では、経済低調でどこも受け入れるところが無くて(故郷で
さえ)、再び政府の失業対策・食糧増産というスローガンで、今度は国内の山間
地や沿岸部(つまり未墾地)に入植する事になった。しかし、所詮は農地に向か
ない土地(だから開墾されなかった)、そこでも多くの人が苦しみ脱落していく。
時は高度成長期、これからは観光・産業立国だと頭の良い人達は考えたのだろう。
成果上がらぬ開拓地に目を向け、スキー場やレジャー施設、原発等の誘致を決定。
開拓民達に僅かな補償金を支払い、退去を勧める。成田闘争などは代表的な例で、
開拓民だからこそ、あそこまで反対闘争が起こったのであろう。
そして8年前の福島原発事故。あれで、双葉村(当時)に入植していた開拓団の人
々は皆、一瞬で自分の土地を失ってしまった。おまけに牛も全殺処分。
その一人が振り絞るように言った言葉が響く。
「結局弱いものが犠牲になっていくしかない…。3回の国策の失敗で、私の70年の
人生は徒労に終わった。」
一方で、農水省幹部(国内開拓政策を推進した人物)の回顧録から。
「結局、(開拓に)金を使い過ぎたって事でしょうかね(笑)」
このギャップをなんとみるか…。

戦争、経済政策、原発問題、私たちはそれぞれに目を向けるものの、一つ一つに
向き合って考え判断していきがち。まぁそれも悪くはないけど、歴史は必ず繋が
っていて、その3者も繋がっているが故に、課題が雪だるま式に大きくなって解
決不能な難しい問題となっていく。それを全て被ってしまった人がいるという事
を理解し、もう少し自分事として向き合っていかないと、いつの日か(私たちか
その次の世代に)もっと大きな問題となって降りかかってくるに違いない…。



by ut9atbun61 | 2019-03-24 00:41 | Comments(0)

旅の記憶 4日目

4日目。陸羽東線で小牛田まで行き、東北本線を北上、10時に一ノ関へ。

今日は強行軍で乗継時間が少ないので、ここで昼食用駅弁を買う。

迷うことなく、平泉うにごはん!評判の逸品だ。
そして大船渡線に乗り換えて気仙沼へ。

しかし、駅弁を前にしてローカル線に乗りこむと、大変だ。
昼飯用と自分に
言い聞かせたはずなのに、ずっと気になって
しょうがない。駅弁紙をいじりまくって、
車窓を見る余裕も
なくなる。そうして10分ほど我慢していたが、まぁいいや、
と開けてしまう。いつものパターンだ。

1145分気仙沼着。ここ気仙沼駅は一般の駅と少し異なる。
3番線に一ノ関からの大船渡線列車、そして2番線には大船渡
線盛行BRT、1番線には気仙沼線前谷地行のBRT。

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BRT(バス・ラピッド・トランジット)とは、バス高速輸送シス
テムといって、従来の鉄道跡(線路を撤去し道路にして)に、
バスをに走らせるもの。乗って感じた事は、バス専用道路が主
なので余り遅延がなさそう。それでいて、時折一般道を走るた
めバス停も利用できる。また利用客が少なくても、鉄道よりバ
スの方がコストが抑えられる、その分運行本数は増やせるとメ
リットは多い。デメリットとしては、利用客の多くは通学生な
ので、登下校時に大量輸送が困難な事ぐらいか。
ただ、この無機質な道路を見るにつけ、もうここには鉄道が走
らないと思うと少し寂しい気がした。
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8年目の3.11を控え、窓の外は少しずつ復興している様子が窺え
た。が、まだまだ長い道のりであろう。
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by ut9atbun61 | 2019-03-13 22:23 | 鉄道 | Comments(0)

旅の記憶 鳴子温泉


鳴子温泉には14時過ぎに到着。山間の小さな温泉地という感じ。
車窓から気になる建物を発見、『農民の家』という茶色いビル。

中々素敵な名前。少し傷んでて今は使用されてない様子。調べてみると以下のような悲しい現実が。

https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201803/20180301_12048.html

温泉専門農協なんて面白過ぎる!

私の泊まる高友旅館は実は鳴子御殿湯という隣駅、なので30分ほどぶらぶ
ら散策しながら向かう。古くから栄えたと思われる鳴子温泉も、時代に取
り残された感あって、廃墟宿が多い。
用水路からも湯気が立ち上り、ほん
のり硫黄臭に包まれると、温泉らしさがあっていいのだが…。

そして本日の宿、高友旅館。大正時代に建てられた(昭和に増築)老舗旅
館。ここは、アナキスト大杉栄と菅野スガ(とその甥)を虐殺したとされる甘粕大尉が潜伏していた宿でもある。

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入口はこんな感じ、寅さんが帳場からひょいと顔出しそうな雰囲気。受付のおじちゃんも気の好さそうな人で、

「今日はお客さんはおたく一人ですから、家族風呂もご自由にどうぞ。」

ここは源泉(かけ流し)4つあるとかで、様々な湯が楽しめる。

1番の売りは黒湯(混浴)。薄黒くクレオソート臭(正露丸臭)がきつくて熱めの湯。

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湯治客には評判らしく、体調が良くなっただの、肩腰の痛みがとれたなど、

口コミが貼り出されている。その一方でのぼせやすく、長時間浸かっていると
一時的に具合が悪くなる場合があるという話もあるくらいだ。

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家族風呂は硫黄成分が多く、湯の花(白いカス)が大量に入っててとにかく熱い。
水を入れながら入る。他にも、炭酸成分が多いラムネ湯とかすかな硫黄臭の普通
の温泉湯も楽しめる。
12時間おきに風呂に入ったので体はふやけまくり。
また今回は素泊まり湯治部屋という事で台所付き。
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しかし、年季が入ってるせいかヤカンはともかくとして鍋・フライパンはお世辞
でも綺麗とはいえない。また冷蔵庫は錆びだらけ、保温ポットも何故か半端に水が入って
いる。口コミにはかなり厳しい意見もあったが、私はそれ程気にならない。

近所で飲食物を調達して、簡単な調理をして、独り宴会を楽しんだ。
しかし静寂が宿を包み込み、夜が更けていくにつれ徐々に不安が増してきた。
宿には私一人、宿の人も近所の自宅に戻るようで、夜間連絡先の貼り紙がある。
ひょっとしたら、呼べば甘粕大尉がひょっこり出てきそうである。
部屋から出ると、廊下は全て照明が落ちて、非常灯がぼーっと浮かび上がる。

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その上、時折どこかの扉が開くような、ギィーという軋み音が聞こえてくる。
その気になって廊下を歩くと…、私の部屋の前には「在室」という札がかかっており、
他の部屋には「不在」という札が。しかし何故か端の部屋に「在室」の札が!!
耳を澄ましても何の音もしない。流石に黒湯上りにもかかわらず、寒気がした。
結局、日が変わるまで風呂に入り続け、寝酒を頂いたら朝までぐっすり。
朝の眩しい光が部屋に差し込んでくると、昨夜の不気味さも全く気にならなくなり、
宿のおじちゃんに「素晴らしいお風呂だったから、また必ず来る」と約束して、
朝の陸羽東線に乗り込んだ。
4日目は震災の傷跡が残る気仙沼から石巻に抜け、仙台へ。   つづく



by ut9atbun61 | 2019-03-12 21:31 | 鉄道 | Comments(0)

旅の記憶 2~3日目 

津軽鉄道の後は、五能線。
本当だったら昭和型ディーゼルキハ40でのどかに楽しむのだが、
時間都合上、今回は禁を犯して『リゾートしらかみ』に乗車。
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「五能線にリゾート列車なんか詰まらねぇ!」という私の勢いも
乗ってすぐにそがれてしまった。
窓が大きくて車窓をじっくり楽しめる、乗り心地が良い、景勝地
では停車or徐行のサービス。後はボックスシート車両があったり、
ラウンジカーで飲食が出来るとか、集客努力も行っている。
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途中の千畳敷で15分停車。発車5分前に汽笛3声の知らせとは面白い。
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十二湖を過ぎてから、夕暮れの海岸を走る。ここで徐行運転してくれた。
刻一刻と陽が落ちていく様をじっと観ていると無性に涙が出そうになる。
それだけ心の琴線に訴えかけるものがあるのだろう。
そして19時前に秋田着。2日目はここでおしまい。

3日目は羽越線を南下、酒田から陸羽東線に入る。
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珍しや、キハ58色塗装のキハ40にコーフン! 
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陸羽西線新庄行ディーゼルカー。何と終点新庄からは、この車両がそのまま
陸羽東線に乗り入れて小牛田行になるという風変わり運用。

陸羽西線は通称「奥の細道最上川ライン」。山峡を最上川に寄り添って進む
絶景路線。慌てて乗ったので山側に座ってしまい残念。
一方の陸羽東線は通称「奥の細道湯けむりライン」。名の通り、沿線は温泉
だらけ。瀬見温泉、赤倉温泉、中山平温泉、鳴子温泉、東鳴子温泉、川渡温泉
といずれも湯量豊富な掛け流し。昔から湯治宿としても有名だそうだ。
なので3日目は東鳴子温泉の伝説の湯宿に泊まる事に。その話は次回。


by ut9atbun61 | 2019-03-12 00:42 | 鉄道 | Comments(0)

旅の記憶 2日目 PARTⅠ

初日は飛行機で大館に飛んで、弘前泊。翌朝6時46分の列車で五所川原へ。
そして五所川原で本日の行程を巡り、30分間悩む人となる。
①ストーブ列車と太宰の斜陽館を訪問コース(2回目)
➁昭和の香り残す弘南バスで奥津軽の中泊町を目指す。
結局、ストーブ列車の魅力が勝り、①を選ぶ。5年ぶりの再訪だ。
(上の写真は五所川原バスセンター、下は津軽鉄道五所川原駅。手書きの
 時刻表と冷たいプラ椅子がなんともいえない味を醸し出す)
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太宰治は、学生時代かなりはまった。自己矛盾は決して自分だけじゃないと
力づけてくれる作品ばかり。キザな奴は誰もが通る道かも。
また宮沢賢治が「世界全体が幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」
と言った言葉よりも、太宰治のいう「家庭の幸福は諸悪の本」の方が私は共感
する(但し額面通り読まれてしまうと、我が家は大変な事が起きるので注意)。
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それから、芦野公園を散策して太宰になり切った後、津軽鉄道終点の中里へ。
その折り返しでストーブ列車に乗る!
昭和初期の鋼鉄製車両(車内は木造)の中央に達磨ストーブ。もうこれは戦前期にタイムスリップ。
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興奮しすぎる余りに、ストーブ列車酒を買い求め、ちびりちびりやっているうちに
酔って眠くなってきた。これはいかん!と現界と格闘するも、いつの間にか大海原
にこぎ出してしまった。なので全く車窓も雰囲気も味わえず、終了…。

午後からは日本一のローカル線、五能線全線走破する。       ~つづく~




by ut9atbun61 | 2019-03-10 22:45 | 鉄道 | Comments(0)

旅の始まりに空を仰いでみる

我が鉄旅には鉄則がある。
其ノ一 空ヲ飛ブ事ヲ禁ズ 
其ノ二 快適ヤ速サヲ求メズ、鈍行アルガママ二為ベシ 
其ノ三 日ノ落ツル前ヨリ旅籠二入ル不可ラズ  
(出典:鉄道ノ旅ノ円滑二進ムル省令第百五十二号) 
ところがこの度は禁じ手を使いまくっている。
飛行機は3便利用(石見往復と大館能代)、一部新幹線とリゾートしらかみに乗車予定、鳴子温泉では昼過ぎにチェックイン。
それぞれ理由あってのことなんだが、どうも背中がむず痒い。モリカケのアベさんではあるまいに、言い訳が空々しく聞こえてしまうから止めとくが。 
鉄旅の始まりは日没間近の鷹ノ巣駅から。秋田内陸縦貫鉄道を羨ましく横目で追いかけながら、弘前まで。あすは津軽鉄道と五能線を堪能予定。
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by ut9atbun61 | 2019-03-02 21:54 | Comments(0)