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おらが赤い村

東京つわの会の『津和野』という同人誌コピーがおくがの事務所にあった。
何だろうと興味津々で開くと、桑原史成さん(写真家)の文章だ。
「消えた“赤い村”」。ひょっとして、と読み進んでいったら、やっぱり。
ご当地木部村の共産党の歴史についてだった。

もう最近は忘れられた過去となりつつあるらしいが、戦後まもなく木部村に
共産党の村長が誕生した。当時としては共産党首長というのは珍しかっただ
ろう上に、無投票当選ときたもんだ。その人は、木村荘重といって木部で育
ち、戦時中は反戦水兵で鳴らし、治安維持法で逮捕された事もある猛者。
党の重鎮、徳球や宮顕とも交流があったといえば相当な人なのだろう。
木村氏が当選してから早速、辣腕を振るう。
国に供出すべきコメを拒否して、独自販売を企てた「反米斗争」。そして、
ソ連を模した集団農業化。農民組合を組織して、協業で報酬分配という、ま
さに社会主義的政策。当時は小作人から高い支持を得たようだ。
しかし、朝鮮戦争が勃発した1950年に、木村村長は突然逮捕される。反戦ビ
ラを撒いたというかどで(占領政策違反)。1年の拘留で当然村長は辞職、そ
の後再び帰村して、今度は無所属で町議にとある。そこで木村氏の政治家と
しての記述は終わっており、後は妻と共に小田原に転居した事が添えられて
いた。
この文章を通して、気になったところが2点ある。
1つは木村村長の片腕だった平原氏を著者がインタビューしたそうだが、
「赤裸々に事実を語る彼の会話には当時の木村村長の苦闘ぶりや農民の苦境が
しのばれる」という詳しい内容が知りたい。私が木部に来た当初、今は亡き古
老達から、お茶飲み話で木部共産党話が出てきたのだが、揃って好意的ではな
かった。或る人は、「話したくない過去」と言って片付けてしまったし。一体
何があったのかが気になる。正義を貫くと必ず落とし穴があるように…。
もう1つは無所属で町議選に出たこと。党本部から除名されたようだ、と記し
てあったが、これまた何故だろうか?除名は共産党のお家芸とはいえ(徳球さ
んも参三さんも然り)、そこのところにこの木部の赤い村の歴史を紐解くカギ
がありそうな気がする。
そうしたら居ても立っても居られなくなってしまった。今度桑原史成さんに会
う機会があったら、この話を詳しく聞いて、もっと掘り下げてみたい。前町長
も木村村長の下で働いていたらしいから実話を聞いてみたい。
木部の近代史をまとめたいね!
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by ut9atbun61 | 2017-07-13 22:31 | 田舎 | Comments(0)