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左右激突?

 昨夜は久々に緊張と興奮が入り混じった空間に身を置いた。
隣の町でコメの有機栽培に取り組む方(Iターン者の精神的支柱?)が、一緒に飲もうと
声を掛けてくださった。嬉しいやら恐ろしいやらで…。
実はその方は“右翼”との前評判があり、色々な武勇伝を聞いていた。
友人たちは「そりゃ考えが正反対だから怖いよ」と随分と脅してくれた。
私は箔をつけるため自称左翼を名乗ってるようなもので、その方とは比べ物にならない。
農業者としては数回会ったことはあるのだが、今回は露骨に政治の話ってことにした。

 初めはぎこちなく構えていたが、実際、ビール片手に話が始まると、面白い!そして話
が合う!その方(Dさん)は20代の頃から、純粋な民族運動に取り組んできたそうで、街
宣車に乗って演説をしたり、左翼とやりあったりと最前線で闘ってきた。

「自分は右翼というものを着飾ってきたので損をした部分がある」
「初めは原発推進だったが、あの事故以来、原発反対になって何か罪滅ぼしをしたい」
「右とか左とかのイデオロギーはもう要らない。自分のぶれない信念があればいい」

私の思うところと全く一緒。自分の立ち位置なんて、この際どうでもよくなってくる。
本音で語ってくれること、人の話を聞いてくれること、この2つが出来れば誰とでも話がで
きる。そうして議論しながら、共感と反発を理念へと繋げていく。そういう作業をしていきた
いと思った。

しかし最後の方は、酒の弱さも手伝ってか、もう眠くて眠くて…。Dさんが3人にも4人にも
見えてきて、記憶は奈落の底へ(その影響か、今も眠くなってきた)。

農本主義への道がまた一つ広がった。
by ut9atbun61 | 2014-06-27 23:55 | 田舎 | Comments(4)

笹ヶ谷鉱山

昨日、小学校のウォークラリーで笹ヶ谷鉱山跡に出掛けた。
B級の歴史&廃墟マニアの私にとっては、格好の素材。
子供以上にウキウキで参加した。
が、残念ながら今回は坑道内部までは見ることが出来ないとか。

笹ヶ谷鉱山は鎌倉時代に開坑(足尾銅山より古い)してから戦後間もなく閉山。
銅を中心に産出されていたが(他に少量の銀・亜鉛)、江戸後期、銅の衰退により、
その副産物であるヒ素(殺鼠剤)の販売に力を入れ始めた。石見銀山にあやかり、
「石見銀山猫いらず」を売り出していたとか。全くヒ素と関係のない石見銀山からし
てみれば迷惑な話。
ところが、明治に入って再び銅の採掘が盛んになり、人口が増え、一時は2000人
の鉱山町があったそうだ。そして大正2年には、(まだ周辺地区は全く無かったが)
鉱山に電気が引かれた。
その後、銅は再び衰退して、昭和期にはヒ素が農薬や戦争兵器(陸軍毒ガス)など
に利用されたという。

鉱山の生き証人ともいう地元のじいちゃんが案内説明してくれた。
子供ながらのイタズラ話、労働者の面白いおっちゃんの話、当時の繁栄を写した写
真なども交え、面白おかしくためになるものだった。

その一方で、銅山につきものの鉱害が発生して、農地や人に被害を及ぼした。
明治17年に田んぼの被害が確認されて、昭和45年に県が鉱毒汚染を認定したと
いうから、さもありなん。近代国家の発展は人間の疎外で成り立ってきたのだから。
健康被害を受けたばあちゃんが近所にいる。
うちの隣の家の奥には未だ立坑(縦に掘られた坑道)が残っているそうだし、津和野
の至る所を掘り返す度に、ヒ素が出たという騒ぎが起こったりする。
うちの集落は上水が無く、井戸水だが、皆“かな(金属)っけがある水”という。

過去の繁栄と闇という複雑な思いが詰まった笹ヶ谷鉱山、次世代が知って伝えていく
ことで価値があるというもんだ。


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今日の主役は小学生。地域の歴史を知るために分かり易いクイズ形式で勉強する。
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このコンクリートの塊は、ヒ素を含んだ残土が流失しないように固めたもの。かなりの
広範囲に広がっているという。
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唯一今も当時の姿を残す7番坑入口。ここから透き通った水が出てくるが、まだヒ素
が混じってるのだろう。
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雨に降られることもなく、木部の元気な老若男女が参加して、皆満足顔。

次回は興味持つ有志を集めて、何とか坑道内に入りたい。
あと、2000人が住んでいた鉱山町跡を訪ねたい。
政治的感情を排して、往時の賑わいを想像しながら、しばしそこに浸っていたいが本音。

それにしても、子供の世話をする私を見た人達が、驚いていた。
「海君が、子供の面倒を見てる!すごーい!」
「やっぱりお父さんなんだね。」
全くもって凄くありません。私も人の子でして。
by ut9atbun61 | 2014-06-23 23:04 | 田舎 | Comments(0)

啾々吟

 松本清張の初期作品(「西郷札」収録)に「啾々吟」というのがある。
清張マニアの私の中ではかなり記憶に残っている作品。

 肥前は鍋島藩主君、直大と同日同藩で生まれた2人の男の哀しき運命を描いている。
凡才ながら周りからちやほやされて登り詰める家老の子(私こと主人公)と、才に恵ま
れながら人に容れられない宿命を持つ足軽の子。初めこそ利発さで皆から可愛がられ
る(慕われる)ものの、次第に「可愛げのない」「親しめない」と皆が離れていく。
「おれはどういうものか他人から好かれない運命を持っている。はじめは都合よくいくの
だが、だんだんおれは嫌われてくる。理由もなく嫌われるのだ、」

そうして彼は、増々卑屈になってしまう。唯一の親友(理解者)だった私とも仲違いを起こ
し、社会から外れて、落ちこぼれて…哀しい結末へと。

正直な話、自分は親に甘やかされて、ちやほや・のほほんと育ち、今まで運の良さだけ
で生きてきた実感がある。我が儘いい加減な性格も、何故か都合よく解釈されて色んな
人に可愛がられてきた。(それはいつも嫁が嫌味交じりに証言してくれる)
一方、私の愛すべき友人たちの中には、不器用ながらも頭脳明晰の変人が少なくない。
しかし周囲の彼らに対する評価というものが余りにも低く、いつも彼らのフォローばかり
をしていた。「どうしてこんな面白い奴らの良さが分からないだろうか?よっぽど俺の方が
つまらんのに」みたいな事を口にすると、「また謙遜ばかりして」とか「優しくていい性格」
なんて言われて気持ち悪い。「くそくらえ!」と言いたいが我慢する。

ここに来てある時、「あんな変な奴とは付き合うな」と人に言われ、腹を立てたことがあっ
た。そんな時決まって出る言葉が、「生理的にキライ」・「受け付けない」。
この無責任な言葉達は何だろうと思ってしまう。言われた方の身にもなって欲しい。
確かに嫌われる理由も分かる。大体が態度がでかい、口が立つ、馴染もうとしない。
その一面は十分理解できる。だから場合によっては、直接彼らを諭したしたこともある。
でも、そんな些細なことはどうでもいいじゃん、と思う。短所を見てればきりがない。
人と付き合うには、物凄いエネルギーがいる。何かそれを放棄している人が多い。
それは決して無駄な労力ではない。自分の世界が広がるし、人付き合いが上手になる。
何より自分が楽しくなれる。知らないことを沢山知っているのだから。

最近も、その様な動きがある。めんどくさい事だ、けど…。
『啾々吟』を読み返して、何かよい知恵を絞り出そう。
by ut9atbun61 | 2014-06-21 22:25 | 田舎 | Comments(0)

連作のすすめ

 私が就農したころ、同じ畑に毎年同じものを植える(連作)のはよくないと言われてきた。
同じ様な虫や菌が増えて病気にかかったり、収量が落ちると。
だから毎回植えるものを変えていく(輪作)、ひとつの場所に複数のものを植える(混作)、
などと指南書には書かれていた。
確かにそうだ、と納得して苦労しながら輪作に努めてきた。

 しかし、ケールの契約栽培を始めてから、毎年同じ場所で作らなければならない状況が
生まれた。すると、ほれ見たことか、2年目から大量の虫、様々な病気が作物に襲いかか
ってきて、殆ど収穫が出来ないほどに。「やっぱり」と思いながらも、間で水を張ったり牧草
を蒔いたりして誤魔化す。ついでに自分へも誤魔化す。「ま、そのうちなんとかしよう。」

 するとどうだろう。4,5年経ったころから急に虫が減ってきた。そして病気の株も殆ど見
えなくなってきた。畑にはカエル・カマキリ・クモ達が目立ってきて虫を捕食。青々しいケー
ルは太く立派な株に。
連作障害なんか起こるどころか、自然界のバランスが安定してきたように私には映った。

そして昨年出会った一冊の本。MOAの叡智の結集。
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いくら人間が我が儘勝手よこしまを起こしたとして、自然はちゃんとバランスを整えてくれ
るんだ。人間が我慢強くならなければ、自然も相手してくれないのだろう。

少しばかり安心して、今年はトマトの連作にチャレンジしてみるつもり。
by ut9atbun61 | 2014-06-18 21:59 | 農業(有機) | Comments(0)

本達の対話

 今日は一日中雨。
外仕事は早々に諦めて、久しぶりに部屋の片付けをする事にした。
まずは本棚から。半年ぶりの掃除だ。
ちょこちょこと買い重ねられた最近の本達は乱雑に積み上げられている。
母親のものも含めれば膨大な量になる。
哀れなのは本棚。重い単行本の集まるところは大きくU字に歪んでしまっている。

 しかし本を触ったが最後、薪ストーブの煤とハウスダストで真っ黒なくしゃみが止まらな
くなった。そうなればこっちも意地だ。ティッシュを脇に、眼鏡とマスクをかけて、1冊ずつ
相手にすることにした。それがいけなかった…。
1冊1冊、挨拶に始まり、世間話に花が咲く。

「おやおやお元気?最近見ないと思ったらこんなところにいましたか。」
「いや、最近めっきり齢のせいか、流行についていけなくてね。」
本多勝一本と野坂昭如本が立ち話。

「そこで気難しそうに座っているのは、はて、どなた様で?」
「失礼な!『罪と罰』を知らぬとは。わしはお前の母からの付き合いなんだぞ!」
プリプリしてるロシア文学本。

「いつも、いつもお世話になってます!」
「いやいや、汽車に乗らないくせして、よく私を眺めてるね。変な人。」
そういいながら笑顔の時刻表。

『三国志』や『水滸伝』の漫画本達は、子供達の迎えを今か今かと待っている。
その横では、含み笑いをしてる不気味な『ドグラマグラ』と『悪魔の辞典』。


結局、外が暗くなっても終わらない…。
相変わらずくしゃみは治まる気配無し。もうすぐ寝よう。
 
by ut9atbun61 | 2014-06-12 22:38 | | Comments(0)

復活田んぼ!

 え、今日?急きょ田植え!?
もう泥落としは2週以上前に済ませたのに…。

うちの家の上に6畝ほどの田んぼがある。山際で山水が直接入るところ。
初めのころはそこで田んぼをやっていたのだが、全然出来なかった。
日当たりは悪い、山水は冷たい、水は漏る、それでいて水が抜けない(じるい)、そしてセ
リがわんさか出来る。そんな場所で、頭でっかちの初心者が不耕起無肥料の自然農にチ
ャレンジしていたのだから、無理もない。あっという間に、セリとマツバイのパラダイスとな
り、周りに藪が寄ってきて、自然に遊び心いっぱいの空間となってしまった。
それに正比例して、恥ずかしながら私の足も次第に遠のいた。

それが今年、突然師匠が言い出したのだ。
「おい、一番上の田んぼ、今年は稲でも作れや!」
「いや、あそこはいろいろと難しくてですね、…」
と言い訳の足し算を始めたら、
「そんなこと言っても、高山のじいちゃん(前家主)は立派に作っとったで。」
と返された。
どうやら、「自分の家の前に稲を作れ」と「借り田でなく持ち田に1枚ぐらい稲を作れ」を言
いたかったようだ。だが、なおも私がぐずぐずしていたら、ショベルカーを持ってきてガチャ
ガチャやり始める始末。
仕方なく、草刈機・チェーンソーを駆使してきれいに。そして水を張って代掻き。
手押しの田植え機をひっぱり出してきて、植えた。

そしてきれいに植わった田んぼの畔に腰下ろして、一服。ふーっと周りを見渡す。
久しぶりのすっきりに景色が新鮮。田んぼに血が通い始めたのだ。
その時気付いた。
「初心に戻る」、「やれば出来る」。そして「田を植える意味を」。
ただ植えるだけだったら、条件のいいとこだけやって、あとは作らず放っておけばいい。
損をしないためだけに。
しかし先祖代々の田を守りながら生きるという視点だと、条件など関係ない。1枚でも多く
田んぼを荒らさず、いつもきれいに管理し続けるということ。
その気持ちが私に欠けていた。

今年も出来るか出来ないかは分からない。ただ丁寧に作ることに専念しようと思う。
by ut9atbun61 | 2014-06-09 21:48 | 農業(有機) | Comments(2)

こどもたちの本

 息子が学校から“2014年良書推薦運動”なるチラシを持って帰ってきた。
何かもじもじしている。買って欲しいというつもりなのか?
その時は気付かぬふりをして、夜ゆっくり眺めてみた。
「全国学校教材研究会が良書をなんて、相変わらず堅っ苦しい…」
と呟きかけたが、その後、口から言葉が出て来ない。

(一例)
1,2年生 ピカチュウクイズ・おばけやしきめいろブック?
3,4年生 ご当地キャラ図鑑・霊界教室恋物語??
5,6年生 だれでもオシャレ・怪奇の授業???
学年共通 誕生日風水💛・怪奇都市伝説????

なんじゃ、これらは!

別に本がどうこうと文句言うつもりはない。(けど、よっぽど怖がらせたいのかな?)
『良書推薦』と銘打ってこれはないだろう。大体、良書の基準がさっぱり分からない。
活字離れという背景があるのか、読ませたい本というより、これなら読んでくれそうな
本だという風に見える。こども図書もベストセラー化?
私達の頃の推薦図書といえば、優しげな絵と品のある文体で感動させる本が多かっ
たような気がする。家族・友情・動物愛・そして反戦。過激描写といっても原爆もので、
その悲惨さを訴える手段という程度。時代を反映してた面もあったろう。
勿論、私は良書なんて嫌いだった。文部省推薦だなんてあると、ついにやけてしまう。
お涙ちょうだいの感想文なんて苦痛だった。
 しかしそんな私でも、良書のおかげで一握りの良心を手に入れる事が出来たと思う。
我が子にも、取りあえずその道を歩ませたいと思っているし。
良書といわれる本達を読みながら子供は純粋に育っていく。白は白、黒は黒で、澄ん
だ瞳を養っていく。そのうち、周囲の大人達や社会を覗き見しながら擦れていくもの。
残酷なものにわくわくしたり、Hなものをこっそり手にする。「あんまりよくないだろうな」
という後ろめたさを感じながら。
しかし、良書が良書でなくては、そのプロセスが無くなっていきそうだ。
私はこっそり屑籠へ投げ込んだ。

本好き人間からしたら、本はその人の人格を司る。読んできた本で、その人の人生が
分かるといっても過言でない。本さえ読んどけば、他の勉強なんか…、段々偏ってき
たからここいらで止めとこう。

 私の小学校時代にはまった本
1,2年 「てがみをください」 やましたはるお
3,4年 「大どろぼうホッツェンプロッツ」 プロイスラー
5,6年 「モモ」 ミヒャエル・エンデ

No.1は何といっても 「風の又三郎」 宮沢賢治 !

こうみると、いたって普通の良書ばかりだ。
おかしいな?どこからひねくれてしまったのだろうか?
by ut9atbun61 | 2014-06-05 22:40 | | Comments(0)

美髯公の結末

 昨日は東出雲町のいまみや工房でトーク&ライブ、なんてこっ恥ずかしい事をやっ
てのけた。美味しいマクロビ(蓮歩さん)に舌鼓、ちょっとのお酒と四方山話、その上
一宿小遣い付。もう至れり尽くせりで、至福の時を過ごさせてもらった。
ただ、あのひと時を除いて…。

往路の途中、大田市のモールに立ち寄った。私は早々に用事を済ませ、車へ戻る。
だがまだ相棒は戻って来ない。仕方ないので窓から手を突っ込んで、開錠。ドアを開
いて体をすべり込ませようとした途端、大音量の警報音がつんざいた。
「誰だ?うるさいな」一瞬何が起こったか分からず。
暫くして冷たい周囲の視線で、どうやらこの車から音を発している事に気付く。
ひょっとして盗難予防ってやつか?
そのうち遠巻きに野次馬が増えてきた。ちょっと焦ってきた。店員が出てきて、こっち
を指差す者も。
その時、ルームミラーに映った自分の顔と眼が合った。それで、思った。
「よし、取りあえずは車から離れよう!」
「くそっ、オレは何にもやってないんだけどな」
と心で叫びながら、小走りで車に背を向ける。そして相棒を探し始めた。
が、いない…いない…。そしてあの音は止まった!

“不審者がドアをこじ開けたはいいが、警報に驚いて慌てて逃げ出す”
その姿が野次馬の脳裏に焼き付けられる。おそらく夕餉の食卓には、彼らは大袈裟
身振り手振りで、自慢げに家族に話しただろう。
「自分が見ていたからさあ、奴は逃げ出したんだ」とか。
結局、何も起こらなかった。哀しきピエロの髭は赤面をも隠してしまった。

夕方、帰宅して、悩みぬいた末、顔にバリカンを当てる…。
来週イベントのバイトが入ってるし、ちょうど衣替え月だからな、丁度いいんだ、と。
フィデル・カストロを夢見たあの勢いは何処へやら。

サッパリ、髪髭短くなって出直しとするか。
by ut9atbun61 | 2014-06-01 21:19 | 田舎 | Comments(0)