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たまたま通信   ~鶏捌き~

 毎年たまたま農園では、卵の産みが悪くなった鶏達を冬季の間に捌く事にしている。
昨年は随分獣たちに提供(?)したおかげで、私が捌くのも少なかった。
しかし今年は、幸か不幸か獣が鶏舎に全くやって来ない。その分私の手で…という事
になる。今月初めに、鶏捌き名人に手伝ってもらった。
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この後は御想像にお任せするとして。
………
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お手伝いは名人の知己の学生。臆することなく毛をむしるのには驚いた。
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包丁をいかに使わないで解体出来るかが、熟練のポイントだとか。
名人の手にかかればあっという間。
私も毎年習うのだが、どうもうまい具合にいかない。

 いずれは、たまたま農園主催の鶏パーティーでも開いて、皆で捌き、食すなんて事
をやってみたいなと思う。
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by ut9atbun61 | 2012-03-28 22:57 | たまたま通信(養鶏) | Comments(0)

吉本隆明

 今しがたテレビで先日亡くなられた吉本隆明氏の特集をやっていた。
ちょっと見るつもりがつい引き込まれて、見終わってからも余韻冷めやらぬ所ありで
独り言の積りで言葉を並べたくなった。

 吉本隆明と言えば物事の本質を難解な文章で分析・批評というイメージが強い。2,3冊
手に取った事はあるが、理解できなかったり、誤解して読み進めたりと印象が悪い。しかし
糸井重里氏が関わってくるとまるで通訳者の様に分かりやすく、面白くなってくる。

 今回のテーマは、ズバリ芸術と言語。人生の集大成なので、端から訳分からんと構え
ていたが、これが意外と分かり易かった。そして共感。(薄っぺらい私の理解であるが)

 まず、言葉の根幹は沈黙にあると言う事。氏は自己表出(心から出てくる言葉?)
と述べているが、沈黙と言うのは生産工程の最重要部分なんだろう。

 私が近頃思うに、普通の人と芸術家と言われる人との違いというのは、単に自分の内
部にあるドロドロしたもの(考え・イメージ・言葉の原型)を、外に出せるか出せないかの
違いに過ぎないと思う。言ってしまえば、人は皆芸術家の卵で、美しい風景を見た時、
好きな人にときめいた時、悲しい場面に遭遇した時に、各々感性が働く。しかし殆どが
面倒臭いか意味の無い行為だと片付け、そのまま内部で消えていく。勿体ないと思う。
それらを表出する事に快感を覚えるか、何とかこの感動を人に伝えたいというおせっか
い屋が芸術家たる所以なのかもしれない。
 それと、社会の成熟と文明の進歩がややもすれば芸術を後退させるという論も肯ける。
科学技術が進歩すると人間としての原始能力(身体力・観察力・霊感?など)は退化して
いくのと同様、情報があふれ皆が賢く、忙しくなってくると、芸術的感性は鈍くなってくる。
むしろ必要性を感じなくなってくる。無駄な事を排除していくのが現代社会だから。
音楽で言えば、語り継がれる名曲と言うのは、いたってシンプルで誰もが口ずさむもの。
私の中では高田渡。氏曰く「ほんとうの詩とは、悩み悩んだ末に余計なものが全て無くな
ってフッとでてくるもの」であって、ギターも極力余分な音は鳴らさない事に徹している。
正に社会から外れてところで沈黙から紡ぎだしている唄を作っている。
 それに比すれば、今の日替わりヒット曲はかなり凝っていて、聴くに楽しいだろうがおそ
らく死の床で聴こうとは思わないだろう。

 私の農業の師匠が常に言うのが、「農業と文化は感性だ」。
深い意味は理解できないが、何となく分かる。何故なら私が今生活しているスタイルは、
普段農業をしながら暇な時には音楽を愉しんでいるから。
 私は沈黙の表現は苦手なので芸術家にはなれないが、感性を大事にして言葉を使っ
て音楽表現だけはしていきたいなと思う。
 無駄な時間を過ごしただけに、今夜は大いに励まされた。
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by ut9atbun61 | 2012-03-26 00:56 | Comments(0)

呆れたニュース

 友人のブログから気になるニュースが。
益田圏域3市町ががれきを受入表明とか。
英雄気取りの坊ちゃん首長達はこの際どうでもいいとして、私達住民一人一人が考え、
判断する時機がやってきたようだ。
 以前だったらすぐに腹を立てて、政治運動なんかに走って騒ぎ、色々迷惑をかけてい
たが、私自身もう大人。直接行動に出る前に少し考えを愉快に整理してみようと思う。

 まず何で、今更なのか?
絆や繋がろうといったスローガンに沿って受入を表明した自治体をマスコミは美談として
取り上げ、反対住民を無責任呼ばわり。以後この流れに乗り遅れまいと、次々に手を挙
げ始める中、我々の代表も自分に酔ってついうっかり手を…(下ろすに下ろせない)。

 何でこの地域なのか?
ズバリ知名度を上げる。「いやいや日本人として当然の事をしたまで」と体裁は繕うが、内
実は自然豊かさだけでは飽き足らず、お金や人を呼び込むために羨望と尊敬を受ける地
域に仕立てたいのだろうが…(逆効果なのでは)。

 それで…?
もし焼却後に安全基準が間違ってたらどうするのだろうか?国に騙されたと言って騒ぎ立
てればいい。そうして補償金でも分捕ってハコモノを作るか借金返済でも充てて、あわよく
ば“石見維新の会”なんてのを作って中央に出ていく…。
放射性物質は消えなくても、人々の記憶が消えてくれればいいと願ってるだろう…。

 愉快どころか段々腹が立ってくる。
大体人間にも役割があるように、地域にも役割というのが自然に生まれてくる。
大都市圏はお役所、お勤め、ショッピング。その周辺地域に住宅街があるように。
私達の住む地域は清流日本一の高津川があり、その源流では30数年前から有機農業を
営んでいる。そんな地域が果たす役割というのは、がれきを受け入れるよりも震災で
参った人や都会に疲れた人を受け入れるという事
。自然がセラピスト。最適の地だと
思うのだが(勿論がれきを受け入れる役割の地域なんか存在しない。強いて挙げるとすれ
ば原子力ムラの面々の広い自宅庭園ぐらいか)。
変ちくりんな歴史教科書を子供達に読ませる事に熱心になるよりも、もう少しそういう事に
力を注いだ方がよっぽど誇りと愛国心を持てる様になる。

 わざわざ全国にお金・CO2・がれき・責任・不安などありとあらゆるものを撒き散らしてま
で、絆を深めようとしているのが全く理解できない。スローガンが一人歩きして人間が後か
ら慌てて追いかけているこの現状。決して滑稽で語れない。

 私達が声高に言いたいのは、「頑張ろう」とか「繋がっている」のじゃない。
「頑張らんでええけえ、ちーとここに来て、ゆうにしんさい」


まだまだ書きたい事は山ほどあるが、もうやめた。後は色んな人と会って話を深めていく。

追記
 今日は津和野きんさい朝市の日。ゆるり農園と萬葉の郷と一緒にそれなりに売ってきました。
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by ut9atbun61 | 2012-03-24 23:15 | 農業(有機) | Comments(0)

津和野きんさい朝市

 明後日24日(土)、津和野きんさい朝市が開かれます。
駅前通りで朝8時から。SL運行開始イベントに合わせた形なんだとか。
(詳細は観光協会)
様々な農家や商店が、軽トラ荷台に品物を並べて売るという、津和野では初の試み。
我がたまたま農園もゆうの会のメンバーと共に出店。大した品数は揃えられないが、
知名度アップの意味合いでの参加。
 おそらく雨雲とにらめっこしながらなので、負けぬよう気勢を上げなければ。 

 しかし、軽トラにこんなジョークを貼っているので、石頭の人は寄ってくれないかも。
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もう今や私のトレードマークになっているので外せない。 文句ある?
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by ut9atbun61 | 2012-03-22 22:01 | たまたま通信(養鶏) | Comments(0)

 哀悼

 昨日無事に旅から帰ってきました。

 しかし帰ると同時に待ち伏せていたのは、悲しい知らせ。隣の集落の25歳の青年が
交通事故で命を失ったという。余りに突然で無茶苦茶で何の反応も表せない。
葬儀でも端っこから静かに見守るだけで、親父さん達にかけてやる言葉も見つからない。
ただただうつむいてた。せいぜい思い出をここで吐露するが精一杯。

 彼とは10年来の知己。年齢的に見て、こっちから勝手に兄貴面していたが、彼も嫌がら
ずに慕ってくれた様な気がする。俗に言うイケメンで、少々お調子者。最近は金髪にピア
スなど外見は飾っていたが、真正直で優しく、皆からも好かれていた。ただ不器用さと見
栄っ張りが相俟って、バイクや車の事故も度々。忠告してたがその心配が現実となった。

 彼らが17の頃、バンドを結成すると言うので不肖私が指南役を務め、一緒にステージに
上がった思い出がよみがえる。そのメンバー達とも今日久々に再会することになり、大人
びた他のメンバーの姿も暗く寂しいものとなった。
 今だから言えるが、一つだけ心残りがある。
そのバンドを結成して練習を重ねている時の事。彼らの度重なる熱意に私が或る日くた
びれてしまって、彼が「家に練習しに来ていいですか?」 と言った時、思わず「ああ、今
日はうちのかみさんが色々やることがあると言ってたので無理だ」と断った事がある。
つい口から出鱈目が出たのだが、彼は諦めきれなかったようで、後日うちのかみさんに
不平を漏らしたそうだが、当然うちのかみさんは「そんなこと言ってない」と返したという。
私はその時初めて、いい加減な嘘に罪悪感を覚え、以来彼と(無意識的に)真正面から
ぶつかれなくなってしまった。彼はそれを理解してたかどうか不明だが、変わりなく接し
てくれた。それがまた私にとっては…。
 一言、「ああ、ワリ(悪)いね」と遂に出ないまま。

 暗い話が続くが、高校の時には中学時代の親友を、大学の時には高校時代の悪友を亡
くしている。いずれの友人も、お調子者でちょっと自分が…と言って無茶をやって事故につ
ながっている。周りは囃したり持ちあげたりしただけ。本人を損な役回りでは片付けられな
いが、いつも思い起こす時は「あいつ、本当にバカだよな」となる。

 今日の葬儀の最後に、親父さんが声を震わせ、「T(彼)は死んでしまったが、私達の心
にはずっと生きています」締めくくった。勿論言い聞かせの意味があると思うが、本音は違
う。時間が止まってしまったのだから、私たちからすると彼が思い起こされる時はいつも悲
しい姿で最期が忍ばれ、いたたまれない。いっそ思い出したくもない。おそらく10年程経て
ば心安くなって思い出の1ページとしてキチンと収まるであろうが、それではもっと辛い。
しかしそれしか道筋はないのかも。
 それを思うと、生きてるだけで万事良し。

 勢いに任せてひたすらキーを打ち殴ってしまいました。少しは気がまぎれたかも。
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by ut9atbun61 | 2012-03-20 00:18 | 田舎 | Comments(0)

全国有機農業の集い

 昨日、「全国有機農業の集い」が広島の神石高原で行われた。
毎年恒例の私的“旅”の前だけに、痛い出費であったが、それ以上の収穫はあった。

 自らをぐうたら百姓と公言する京大の変わり者西村和雄先生の語り口と人柄に魅か
れたり、魚住道郎氏の養鶏と有機の両立に励まされたり、キューバ繋がりの中村易世
さんとの再会。関野さんや佐久間さんといった独自自然農法の実践者の話に、MOA
の話など盛り沢山。勿論お隣柿の木メンバーとの話も出来た(泊まればもっとゆっくり
話せたのだが)。あと個人的に音楽つながりが出来たというのも。農業と音楽が結びつ
くなんてサイコー。

 ただ、折角素晴らしい人脈と講習が得られるこの機会。参加できた人というのは、(お
そらく)私達の様な中国地区の人と、その道で成功されてる年配の方、これからやろうと
燃えている若者ぐらい。多くの有機農業実践若年層(私の県外友人達もそうだが)は、時
間もお金の余裕もなく参加できないと思う。
 今後、有機農業運動を広げていく上でそう言う人達が参加できるシステム(参加費助成
や抽選で無料枠を作るなど)を考えてもっともっと賑やかにしていって欲しい。


 話変わるが、いよいよ明日から旅に出ます。
一週間ほど俗世から離れてせいせいしてこうと思うのだが…、一匹、煩悩の塊がついて来
るのがちと悩みの種。
 それでも愉し、列阿房車の旅。
 
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by ut9atbun61 | 2012-03-11 23:18 | 農業(有機) | Comments(2)

雲南行

 昨日は雲南木次行き。
集落営農の勉強会でうちの師匠の講演があり、ついでに私にも声がかかる。
小遣い貰って、御馳走頂いて、おまけにスーパーおきに乗って山陰海岸も愉しめ
ると皮算用をして、二つ返事で受ける。しかし30分も話をしろというのがネック。ギタ
ーでごまかしながら喋るのは何とかなるが、わざわざご丁寧にも唄を別枠でとって
あるというのでどうしようもない。
 当日、スーパーおきの前面展望席を陣取ったものの、喋る内容に苦慮するあまり、
車窓はうわの空で全く堪能できず。案の定、会では20分で喋り切り、「もう話す事が
無くなりました」と切り上げてしまった。最後の演奏は気持ちよくのびのび唄えたので
幾ばくか挽回出来たと思うが。

 今回良かったのはその後の懇親会。こじんまりの会に、私が県委員時代仲良かっ
た友人が駆け付けてくれた。それともう一人、昨年のUIターンフェアで知り合った女性。
通称なっちゃん。彼女が大いに盛り上げてくれた。
 というのも、なっちゃん、只者ではない。いきなりサンタクロースもびっくりの大布袋を
担いできて、次から次へと宝物を出す。「生ゴミ(柑橘の皮など)で作ったビール」「ジー
ンズの端切れで作るウエスタン調のエプロン、名刺入れ、ポーチ」「色んな研究や活動
をまとめたパネル達」…。勿論口から飛び出す経歴達も百花繚乱。ビームスのデザイ
ナーだったり、コンサルタント、陶芸、紙漉き、絵画、調理師、NPO…(焼酎のおかげで
あとは忘れた)。しかも口上だけでなく、行動力も半端ない。島根全土を駆け巡り、しば
しば大都市圏へも。そして、いつも人懐っこい笑顔。
久しぶりに、師匠が半ば感心半ば呆れで無言になる姿を見れた。
 今年彼女は、無農薬稲作に挑戦するのが目下の計画という。
 私が魅かれたのは音楽と文学の話。かなり通じるところが多い。中でもなぎらけんい
ちの大ファンだとは。男性なら頷けるが、女性でとは…よっぽどの変人?

 今回の出会いで感じた事は、なっちゃんの存在の重要性。おそらく本人は天然なので
気付かないと思うが、彼女が田舎で自分のやりたい事を実現していけば、地域はがらり
と変わっていく。人柄、ライフスタイル、考え方までも。
 正直言って、私達が住んでいる地域は、保守的な思考で物事が進みすぎている。多分
私の様な政治的思惑のある人間が変えようとしても変えられない。それよりは彼女のよう
な自然体の自由人がいつの間に変えていってくれるだろう。
 しかし、「個人の自由を謳っても、自由な個人を見ると警戒する」イージーライダー
の価値観が田舎にまだ残っている。それに潰されないように私達Iターン仲間が彼女の様
な人材を支えていかなければと思う。
 (クソまじめにシビアな事を書いてしまったが、私の眼から視たこれが現実だから)

 昨晩はそんなこんなで夜も更け。
今日は午前中、時間を見つけて出雲方面へ。師匠は出雲大社に感心しきりだったのに
対し、私は旧国鉄大社駅舎を間近で拝みながら乗入れ急行「だいせん」の往時を偲んで
独り妄想の域。感謝感激。
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by ut9atbun61 | 2012-03-07 23:23 | 田舎 | Comments(0)

未来塾 ど田舎フォーラム

 昨日は、ほぼ一日左鐙で過ごした。
地域づくりの勉強会、未来塾 ど田舎フォーラムなるものに出席。
初めは、農作業せずに一日潰すのは勿体ない…と思っていたのだが、蓋を開けりゃ!
到底、語りきれない内容を駆け足で走り抜ける。相当体力を消耗した。

さすがは京村さんの人脈。“やねだん”の豊重さん、海士町の大江さん、益田(保育園)
の杉原さんの活動を学ぶ。
分科会では、Iターン受入と産業創出に秀でている海士に出席したものの、視点が教育
問題へとずれてしまって不完全燃焼だった。

 今回何より刺激を受けたのは“やねだん”(柳谷集落)。補助金に頼らず完全自立して、
集落を運営していく。我が集落も目指しているのだが、なかなかうまい具合にいかない。
何故だろう?発想はそれ程突飛なものではない。おくがの集落も独自テレビ局(OHK)
を持ってたし、うちの師匠が次から次へと地域活性化の段取りをして、全国から注目は
浴びている。私と師匠は、“農村は文化の母”という理念で一致して感性(芸術)の村づく
りにチャレンジしているつもりなのだが。しかし何かが違う…。

 それは運営手法とリーダー論。豊重さんの話は、深く深く突き刺さってきた。
豊重さんは人を財とみなし、皆(反目者も含め)を上手にのせる。時にはリーダーが脇に
譲って人を立てる。そうやって信頼関係を醸成し、全員で物事に当たってきた。納得
を作り上げるのがポイント。
 片やうちのオッサン。ことごとく合わない人とは大喧嘩。仕事が早すぎて、ついて来れな
い人はそのままでどんどん物事を進めていく。下手すりゃ一人でもやる。それを見て反目
者は無視し、やる気のない人は手を叩いて応援するだけ。

 そこが決定的な違いだなと思う。豊重さんのあの柔和な顔からシビアな言葉が飛ぶ姿に
人は惹きつけられるのだろう。少々人間が出来過ぎの感があるが。
 やはりうちのオッサンは性格上、それが出来ない。喧嘩と酒がある意味エネルギーにな
っているから。だからと言ってダメなのかと言えば案外そうでもないと思う。人間臭さがあ
るのは断然こっち。
また豊重さんは余り凄過ぎて、次世代の方がかなり苦労しそう。私たちはイイとこだけ盗
んでダメな部分は反面教師。そうしてオリジナルを生み出していけばいいのだから。
 
 この地域に、人あり風土ありで相性もあると思う。“やねだん”の取り組みを全て取り入
れられないだろうが、十分な刺激と指標にはなった。
 
 もう一つのテーマ保育園を通した地域作りの話も興味深く、自然環境に即した(益田モ
デルの)保育を津和野でも真似て欲しいと思う。
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by ut9atbun61 | 2012-03-05 22:30 | 田舎 | Comments(0)

呆れた話

 前回の“人の顔を覚えられない”続編が早速訪れた。

数日前、柿ノ木オーガニックカフェAjaに卵を配達した時の事。
友人Aさんの顔を忘れてしまい、失礼な態度を取ってしまった話題になって、
「まぁ、色んな人と出会ってるんだから仕方ないよね」
と慰めてもらう。自分でも[やっぱりそうだよな。別に同一人物を間違えてる訳じゃないし、
ひとたびぐらいは大目に見てくれるよな]と好解釈。たちまち気分一新。鼻唄混じりで益
田へ卵卸しに向かった。

 そして店頭に卵を並べていると…、「こんにちは。」 背中に言葉を受ける。
ピリッと反応。女性の声。誰だろう?
振り返ったが、不安は的中。見かけない笑顔、というより、私の脳裏の錆びついた記憶の
引き出しからは出て来ない顔。しかし前回と同じ失敗だけは避けたいと、短い時間必死で
頭を働かせる。こんな時は非常手段。得意(?)の状況分析術。

[えっと、まずはこの時間帯買い物に来ると言う事は?それから、産直野菜コーナーで出
会うと言う事。同年代ながら、柔らかい物腰と笑顔、落ち着いた知的な女性と言う事は?
…分かった!!おそらく彼女は、うちのかみさんの仕事仲間で教師。多分六日市で知り合っ
て最近益田に転任してきたんだ。その証拠に笑顔の裏に何処となく不慣れな雰囲気を漂
わせている。こりゃ間違いない]

みたいな事を考えて、自信を持って一言。
「ああ、久しぶりですね。それで今どちら(の学校にお勤め)ですか?」
すると、ちょっと変な顔。やや間が空いて、
「えっ、何です?先日お会いしたAなんですけど…」
思いっきりバットで頭を殴られた感覚。 やばい というより 何で… という思い。
 笑ってごまかした数日前は遠く遥かに吹っ飛び、今回は本気で謝った。

 しかし彼女は意外にも、にこにこして「いいです、いいです。」と。
おそらく“この人は仕方がない人なんだ”、と良い意味で諦めてくれたんだと思う。
その後10分程、有機農や花の話で盛り上がって、別れた。
別れ際に、「今度はもう覚えましたから!」と言葉を投げかけたが、果たして。

 それにしても、この病、何とかしなければいけない。決して軽んじてるわけでもないが、
印象悪すぎる。やはり、当てずっぽう推理に頼らず、1回の出会いを大事にすればいい
のだろう。出会いは量より質。少なくとも今の自分にはそう。
 皆さんは何処かで私に出会った時、恐れず声をかけて下さい。
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by ut9atbun61 | 2012-03-04 23:49 | 田舎 | Comments(2)