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  風

  今日は好天ながらも風が強い。こいのぼりがうねり、破れトタンが騒ぐ。 
 最近は、風の吹きようがちょっとひどいです。

 私自身はビニール類を農業で使用することを好まないのですが、わが集落の
法人所有のビニールハウスは近年、再々破れます。その度に張り替えるのです
が、さあビニールを張ろうという時になると、決まって風が吹く。
さっきまで全く風がなかったのに…。まるでどこかで様子を覗っていたかのよう。
いや、ホントに。

 「風と坊主は10時から」 という言い伝えもまんざらウソではありません。
 初夏、9時半の休憩が始まると、さあーっと涼しい風が吹いてきます。近所のおっさん
らは、「ほら、やっぱり風が吹いてきた」と当たり前のように言います。
丁度新緑の山の薫りを運んでくるようで、心地よいです。

 明日は雨 というときはよく生温かい風が吹きます。私は個人的には一番好きな
風です。生来が生温い人間ゆえもありますが、小学生のころ読んだ『西遊記』という本
の記憶がよみがえってきます。
必ず妖怪が登場する前には生温かい一陣の風が吹きます。孫悟空が、
「おや、妖しい風だ。さてはこの先に妖怪がいるな」
という場面が好きで、これからどうなるかワクワクしたものです。

 今でも曇天に生温かい風と来ると、何も起こらないとわかっていながら、何となく
不思議な感覚になりワクワクします。

 風はイヤなものを吹き飛ばし、気持ち良いものを運んできてくれるような気がします。
 これが反対だったら大変なことになりますけれど。
by ut9atbun61 | 2010-04-30 22:09 | 田舎 | Comments(0)

野球談議

 今年もプロ野球が開幕し、毎日熱戦が繰り広げられているようです。
 私は、大の日ハムファン…でした。
特に、小・中学校の頃は野球が大好きで、部活こそ入らなかったものの、
友達と野球チームを作って試合をやっていました。
 また、「巨人の角の球が打てるか?」とか、
「八重樫打法だ」 なんて言ってモノマネをしたり、プロ野球カードを集めたりと、
毎日頭の中は野球でいっぱいでした。

 しかし最近になって、余りプロ野球を見なくなりました。
現在は大リーグにイチロー松井を始め、名だたる選手が大活躍をして、
日本でも、大物ルーキーやベテランが紙面を賑わしてはいます。
 ただ私には何か物足りないのです。何か…、それは、とでもいいましょうか。

 私が熱狂した頃のプロ野球界(80年代)は独特の選手たちがいました。その一例です。

代打の切り札…川藤(阪神)、川又(中日)
左殺しバッター…西岡(西武)、高柳(南海)
(左投手にめっぽう強い打者)
ワンポイント…永井(西武)、清川(広島)
(特定の打者1~2人に対し登板する投手)
犠打の名手…川相(巨人)、平野(中日)
ホームランか三振…ランス(広島)、ブライアント(近鉄)

その他にも、
隠し球の木下(広島)、満塁男の駒田(巨人) 
そして二日酔いで好投する今井雄太郎(阪急)                                                                     などなど

 彼らを見ていますと皆、指向というか、スタンスというのがはっきりしています。
全体からいえば、それぞれが役割を持っていて、それを職人的にこなしている。
そこが見ていて大変面白かったです。
 一方現在は、皆が好人物、スター選手、一流を目指しているような気がします。
技術的には格段に向上して、打ってよし、守ってよし、走ってよし、おまけに顔もいい。
イチローは一人だから目立つのであって、みんながみんなそうなってしまうと…同じ。 
 もちろん選手にとってみれば、生き残る上でも一流を目指すのは当然のことでしょう。
チーム自体の勝ち負けも影響してくることだし。
  
 ゆえに私の思いは無駄な抵抗といったところです。

 ただスーパースターを増産して、勝ちにこだわっていけば、プロ野球の魅力はますます
薄くなっていきます。
 
 何かオヤジの懐古趣味のようになってしまったけれど、やっぱりプロ野球選手は
あぶさん』に出てくるあの人間模様でなくちゃ。。
 




 
 
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by ut9atbun61 | 2010-04-29 23:25 | Comments(0)

触ってこない音楽

 昨夜は久しぶりに、遠出して親友交歓。農業青年の仲間と遅くまで飲み、語らい、
唄いました。普段あまりカラオケは好きではないのですが、飲んで皆が唄いだすと、
こっちも黙っているのが勿体ない様な気がしだす。
 私は30代半ば。
 同世代の皆は、現在の流行り歌から80年代のポップスアイドルと幅広い。ヒットソ
ングだと声を合わせて皆で唄う。私はよくわからず、ついていけない。
 一方私が唄うのは、(マニアックな)70年代フォークか、ビートルズ。初めは皆も珍
しがるがそのうち飽きられる。
 結局はお互い酔っぱらっているからどうでもいいのですが。


 高田渡好きの私としては、流行り歌に対して余り興味がわきません。もっと言えば、
本当は皆と一緒に流行り歌を共有して、唄ってみたいという気持ちもあるのですが、
どうも駄目です。
 何故だろうと考えていると、丁度柄本明氏の高田渡評に答えらしきものが載っていた
のでご紹介します。

 「あの人(高田渡)の歌は、うるさくなくていい。『この世界は素晴らしい』だの、そういう
のうるさくて仕方ないでしょ。なんだか気持ちの悪い…感動しろ、感動しろ、みたいに言
われてさ。今はそれが商売になっていて、~~。
 あの人の歌は人に触ってこない。礼儀があるというか、普通という感じがする。触られ
たくもないし、触りたくもない。そういうところが、とてもいい。」


 どうも、私は愛だの恋だのを訴えたり、正義を叫んだりするのが恥ずかしい。
 それよりも、普通の人の日常の光景や自然の変わらぬ風景を唄ってい
るところに魅かれます(それは本や映画、絵、写真など全てに言えます)。
 大きな夢や理想を忘れてはいけないとは思いますが、身近なところにあるささやかな
幸せを一つ一つ拾っていくことが大切だと思います。
 それは単に私が実年齢以上に年をとっているからなのかもしれません。

 そんな中で最近気に入ったCDを2枚を紹介します。



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   コザック前田 「東須磨は夕方6時」
フォークの心をもったパンクな人。柄本氏に云わせれ
ば、“べたべた素手で礼儀も知らずに触ってくる人”
なのだろうが、好い。個人的な恋歌も多いが、非常に
ローカルな世界で、中でも泉谷しげるとの共作「生活」
は勢いのある中に深いものを感じさせてくれます。




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  ハンバートハンバート 
    「まっくらやみのにらめっこ」


 アイリッシュやカントリーに影響されたような
曲調が、歌声を引き立たしています。歌詞は
かつてのURCフォークの影響をもろに受けて
いるのか、独特の詩の世界がいいです。




 これらを聴いていても、結局はその後で高田渡や加川良を聴いてしまいます。
 
by ut9atbun61 | 2010-04-28 23:46 | 音楽 | Comments(0)

たまたま通信

 毎週月曜日更新のたまたま通信。これから農作業が忙しくなると
途切れがちになるかもしれませんが、極力続けていこうと思います。


 最近、鶏達の間で困ったことが流行っています。一日4~5個、卵を割って食
べている鶏がいるようです。
 初めは1個だけで、何かの拍子に割れたのだろうと気にしてなかったのですが、
次第に割れる数が増えていき、ある日小屋をのぞいてみると、割れた卵に鶏達が
群がって黄身を奪い合っている…。
 “コノヤロー!”

 以前、近所のじいちゃんが、
「鶏が卵を食いだしたらくせになって止めないから、その時は殺しんさい。」
そう言われたのを思い出したので、とりあえずくちばしに黄身をたっぷりつけている
メスを追っかけまわして捕まえ、その日は様子見で隔離しました。
 
 しかし翌朝再び小屋に行ってみると、産卵箱から慌ててオスが離れていく。おかし
いと思って箱を覗くと…、卵にひびが。どうやら他の鶏にも伝播しているようです。
 それからも入れ替わり立ち替わり、色んな鶏が卵を狙い、食べています。
 
 結局犯人探しはあきらめて、とにかく産卵箱を頻繁に覗いて卵を置きっぱなしにし
ないことを心がけています。
 鶏達との知恵比べ スタート!! 
by ut9atbun61 | 2010-04-26 22:33 | たまたま通信(養鶏) | Comments(0)

サルが出た!

 今日は 久々の快晴。春の暖かさを感じました。
遅ればせながら春夏野菜の植え付け場所の畑おこしをしました。

 その時、下の方でキャーとかヒャーという奇声が聞こえたので、そちらに
目を向けると、20匹ほどのサルの群れ。今年初登場です。
 どうやら昨年収穫した大豆のこぼれを拾っている様子。大きいのやら小さ
いのが、きょろきょろしながらしきりに手を口に持っていく。中には子供を背
負ってうろうろするサルも。じっと観察していると何だか微笑ましくなってきます。
 
 最近はイノシシ・サルの被害が激増し、夏から秋にかけて頭が
痛い日々が続きます。山にエサがなくなってきた証拠なのでしょう。

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小さいですが
見えますか?








イノシシは、電気柵やトタンで侵入を防ぐことが
できますが、サルは身軽な上に、賢さも兼ね備えているのでやっかいです。
 野菜の収穫予定の2,3日前に必ずやってきて根こそぎ食い荒らす。カボチャな
どは、両脇に抱えて持って逃げることもあります。時間帯は大体12時から13時。
ちょうど皆が昼で家に入るのを見計らってのようです。
 女性・子供・お年寄りが追っかけても、何処吹く風、全く恐れません。しかし猟師
が駆除のためやってくると、そのトラックを見た途端、クモの子を散らすよう。
 
 昨年、知り合いの猟師が近くで撃ったサルの亡骸を見せてもらいました。
まだ小さい子ザルで、あどけない顔や赤ちゃんの様な手のひらを間の当たりにする
と可哀そうで、「何でここまで…」と思うのですが、一緒に横で見ていた80のじいちゃ
んなんかは、「コノヤロー、悪さをしやがって!」と棒きれでこづくのです。

 農業で生きていくということは、自然に感謝して生物に敬意を払うと同時に、生き物
(勿論人間も)同士で生存競争をしていくというシビアな面もあるのだなと思いました。
 但し、これ以上人間がエゴで、自然を壊したり、生態系を崩したりしないことが大前
提ですね。
by ut9atbun61 | 2010-04-25 23:16 | 田舎 | Comments(0)

田舎の“気持ち”

 昨日今日と草刈り三昧。
田植えに向けての準備なので、大忙し。
草刈り機のエンジンをフル回転して畔(あぜ)を刈っていく。
先日のブログでは、 
有機農業の在り方として機械を使って小動物を潰すのはいけない
 なんてことをエラソーに述べていましたが、今日は、三匹カエルを殺めて
しまいました。この場を借りてお詫びします。
 その瞬間は 「しまった!」 と思い、何とも居たたまれなくなるものの、そう
引きずってはいけない。とにかく早くやってしまわなければならないのです。
 つまりカエル君に申し訳ないという気持ちを持つことが大切だと思います。
 
 この“気持ち”がポイント。

実態もなく計り知れないものではありますが、それによって人間関係が上手
くいったり、集団がまとまったりするのだと思います。特に田舎では、(良きに
しろ悪しきにしろ)個という意識が薄い分、気持ちで社会が成り立っているよう
なもので、直接のコミュニケーションの中に反映されています。
 その反面、気持ちの欠如や些細な気持ちのすれ違いでもめることがあり、
その度に集会所に集まって一杯飲みながら、 「どうにかしよう」 ということに
なるのです。それはそれで面倒くさいが面白みもあります。

 今晩もそういうことがあって23時ちかくまで話していました。
これが本当の自治なんでしょうね。
by ut9atbun61 | 2010-04-24 23:57 | 田舎 | Comments(0)

第3の趣味 ~汽車旅~

 現在は農業という地に足をつけた暮らしをやっているつもりですが、
どうもずっとひとつの場所に居座っていると、尻がむずがゆくなってきます。
そういう性分なのでしょうが、家族がいるからそうふらふらしていられません。

 それでも年に1回ほどは旅に出ないと農業が手に付かない―そう言い訳して
今年も農閑期に旅に出ました。
 そうです。私の第3の趣味は旅。中でも鉄道を使った“汽車旅”です。
 今でこそ鉄道マニアは鉄ちゃんとして市民権(?)を得ていますが、
私が小学生の頃、かれこれ27,8年前はマニアックすぎて肩身の狭い存在でした。
おまけに女子には人気がなく、完全なる日陰者。逆にいえば現在のようにマナーを
無視した者もほとんどいませんでしたが。
 
 今年の旅は津軽方面。ブルートレインと鈍行を使い、津軽鉄道五能線八戸線
の旅を堪能しました。
   
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ストーブ列車で
小説『津軽』を  
読みながら
岩木山を望んだり、




















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古いディーゼル
音と海と山の  
コントラストが
妙にマッチした
キハ40の
心地よい空間に
身を委ねたり。
 











 最近は新幹線建設ばかりに目が行って、在来線は単なる輸送目的になりつつあ
る中、それらは絶景がところどころに散りばめられ、旅情をかきたててくれる数少な
い路線でした。
 あと5年もすれば、地方私鉄は淘汰され、JRはブルートレインを全廃し、残りは点
と点を繋ぐだけの味気ない交通手段になってしまいそうで、寂しいです。
 
 国鉄がJRに生まれ変わっていいことばかり喧伝されていますが、効率化の名の下、
多くの人が気にも留めない様な精神的な部分が失われていないでしょうか。

 来年は何処に行こうかと今から想像しては悦にいっています。
by ut9atbun61 | 2010-04-23 23:51 | 鉄道 | Comments(0)

読書の愉しみ

 今日は朝から雨。時折何かをひっくり返したかのようなどしゃ降りも。
こんな日は野良仕事はお休み。 晴耕雨読
 活字中毒者には格好の日。早速寝そべって本を開く。

 私は読書が趣味の一つです。うちの母親が文学少女だったらしく、かつては同人誌を
作って下手な小説を書いていました。そのため、幼い頃から本が周りに溢れていました。
その上、母には変な価値観ががあって、私が本屋で漫画や怪獣大百科等を買ってくると、
「こんなのはダメ!」と言って、ひどい時などは泣きながら本を返しに行った記憶がありま
す。
 そのおかげで、色んな本に出会ったし、無駄な知識も得られ、今なお本との付き合いが
続いています。ただ価値観の押しつけは、読書の幅を少しばかり狭めてしまいましたが。
 
 現在読んでいる本です。
 
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 マルクスの娘婿が書いた本書は、労働を否定した面白い内容。1日3時間以上働くなと
云い切り、それで贅沢をしろと。真面目で働きすぎの人は是非読むといいと思いますが、
根っからの怠け者である私が読んだらどうなるか…そのうち分かります。 

 
by ut9atbun61 | 2010-04-22 11:33 | | Comments(0)

有機農業への思い

  私の農業形態は、一応有機農業です。
しかし別にJASを取っているわけでもなく、何処からか認可を受けているわけでも
ありません。ただ自分で公言しているだけです。
 最近は農業全体の流れが、環境にやさしいだとか、農薬を減らすという方向に変
わってきているだけに、猫も杓子もといった感があります。
 そこで私にとっての有機農業に対する思いを述べたいと思います。

 私は、幼い頃から親の影響で無農薬・自然食品ばかり食べていました。
「真っ赤なウインナーはダメ」、「安い駄菓子はダメ」、「菓子パンは〇〇生協のだけ」
などかなり厳しい食事制限を受け、学校の弁当には玄米が入ることもありました。
 
その反動で、東京で一人暮らしを始めた時は、体に悪そうなものを好んで摂っていま
したが、どうもそれほど美味しいと感じられない。結局は幼い頃の舌が覚えているよう
です。

 そして田舎にIターンして農業を始めてから(つまり消費者から生産者に変わって)、
農薬を使っている人や無農薬で頑張っている人達を見たり、話したりしているうちに
考え方が変わりました。

 有機農業は誰のため? 消費者? 家族? 次世代の子供たち?
 いずれも正解でもあり不正解でもある。
 確かに添加物や農薬が人体に悪影響を与えることは私も否定しません。
最近、近所やお世話になっていた40~60歳の方が、がんで次々に亡くなっています。
農薬や添加物が世に出てきて、それを享受した世代であるだけに妙に納得してしまう。
 しかし農業のミクロな世界と向き合っていると、その以前の問題が浮かび上がってきます。

 『農業をするということは、山を切り開き、木を切る。最近は周りをコンクリートで囲う事も
ある。ビニールハウスを建てる。そして除草剤で雑草を枯らし、大型機械でカエルをはじめ
様々な小動物を踏みつぶす。病気や害虫が出たら、薬で死滅させる。
 そうやって様々な犠牲の上に、私たちが口にする食べ物が出来上がる。


 少し大袈裟に書きましたが、決して否定したいがために書いたわけではありません。
それだけ食べ物が尊くて有難いものだということです。米一粒、トマト一個を
どれだけ自然界が苦労して作り上げてくれたのか、お金で換算できないものがあります。
私も有機農業を手作業でやったからこそ、そう感じられるようになりました。

 つまり私が有機農業をするのは、自然に対して余り迷惑をかけないやり方だからです
誤解を恐れずいうと、たかだか人生6~70年。少々農薬がかかってても私自身が食べる
分には全く気にしません。超健康志向(我が身のことだけ考えている)からきた有機農業
とは違うからです。
 そんなことよりも、自然の恵みが無ければ何も生まれません。自然こそすべて

 
 是非農業のミクロな世界も覗いてみてください。いつでも道案内は致します。

 
by ut9atbun61 | 2010-04-21 23:29 | 農業(有機) | Comments(0)

田舎暮らし

 春夏秋にはひたすら野良仕事に精を出し、冬に音楽を愉しむ、
そんな生活を夢見ながらこれまで田舎暮らしをやってきましたが、実際は
そう簡単にはいかないもの。
 農閑期に入ると近所のじいちゃんばあちゃんがやってくる。

「すまんが、納屋の扉が壊れたから直してくれんかのう」
「ファックスの調子が悪いんじゃが」

終われば、「まあまあすまんやったね」と言ってお膳が出てくる。
 
 青年農業者仲間からの電話。
 
「人出が足りないから一週間ほど来てくれん?」
「ハウス建てるの手伝って」

終われば「ちょっと家に上がりな」で一日が終わる。

そして師匠とゆかいな仲間達(酒飲み仲間)は、

「おい、今日は炭焼きじゃ」
「今度、〇〇の屋根を葺きに行くぞ」
「いのししが捕まったから来い」

ビール片手のお勤めはは夜が更けるまで。
 
 百姓とは百の仕事があるから面白いのだなんて公言していた私であるが、
毎日この調子では堪らない。初めのころは、嫌々ながら。
 しかしそんなことを繰り返していくうちに、徐々に小屋の建て方、炭焼き、
動物のさばき方から話の聞き上手法まで身につくようになりました。
 実際火のおこし方一つ知らなかった私は、都会の人間が裸一つで山の中に
放り出されたら、到底生きてはいけないだろうと云う事を痛感しました。
 そう思うと有名大学を出て霞が関でしたり顔で天下国家を論じている御仁よりも
朝から焼酎片手にごそごそと仕事をしている近所のじいちゃんの方がよっぽどすごい
です。勿論、色んなトラブルや武勇伝はつきものですが。

 たとえ私が200年生きることが出来たとしても、多分そんなじいちゃん達にはなれないと
思います。
 そんな面白い人生の達人たちをこれから折にふれて紹介していけたらと思っています。
by ut9atbun61 | 2010-04-21 00:40 | 田舎 | Comments(0)