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開拓の後ろ側で

満州マニアの私にETVはまた知られざる情報をくれた。
「彼らは再び村を追われた 知られざる満蒙開拓団の戦後史」
歴史として語るには余りにも重く辛い現実がここにある。

昭和期戦争中、食料を求め開墾地を探し、政府の勧める中国東北部に移った満蒙
開拓団の人々。当初はそこそこ平穏に暮らしていたが、戦局悪化と共に現地の防
衛隊である関東軍に見捨てられ(先に逃げ出した)、半数以上が命を落とし、ほ
うほうの体で日本に逃げ帰ってきた。
ところが戦後の日本では、経済低調でどこも受け入れるところが無くて(故郷で
さえ)、再び政府の失業対策・食糧増産というスローガンで、今度は国内の山間
地や沿岸部(つまり未墾地)に入植する事になった。しかし、所詮は農地に向か
ない土地(だから開墾されなかった)、そこでも多くの人が苦しみ脱落していく。
時は高度成長期、これからは観光・産業立国だと頭の良い人達は考えたのだろう。
成果上がらぬ開拓地に目を向け、スキー場やレジャー施設、原発等の誘致を決定。
開拓民達に僅かな補償金を支払い、退去を勧める。成田闘争などは代表的な例で、
開拓民だからこそ、あそこまで反対闘争が起こったのであろう。
そして8年前の福島原発事故。あれで、双葉村(当時)に入植していた開拓団の人
々は皆、一瞬で自分の土地を失ってしまった。おまけに牛も全殺処分。
その一人が振り絞るように言った言葉が響く。
「結局弱いものが犠牲になっていくしかない…。3回の国策の失敗で、私の70年の
人生は徒労に終わった。」
一方で、農水省幹部(国内開拓政策を推進した人物)の回顧録から。
「結局、(開拓に)金を使い過ぎたって事でしょうかね(笑)」
このギャップをなんとみるか…。

戦争、経済政策、原発問題、私たちはそれぞれに目を向けるものの、一つ一つに
向き合って考え判断していきがち。まぁそれも悪くはないけど、歴史は必ず繋が
っていて、その3者も繋がっているが故に、課題が雪だるま式に大きくなって解
決不能な難しい問題となっていく。それを全て被ってしまった人がいるという事
を理解し、もう少し自分事として向き合っていかないと、いつの日か(私たちか
その次の世代に)もっと大きな問題となって降りかかってくるに違いない…。



by ut9atbun61 | 2019-03-24 00:41 | Comments(0)
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