包丁研ぎ職人

先日、大学生が遊びに来た(というか手伝いに来てくれて)時の事。
「海さん家の包丁を研ぎましょうか?」
聞くと、親戚の叔父に研ぎ名人がいて、影響を受けハマっているそうだ。
元来、古風な雰囲気を持っていた子だから、言わずもがな。
早速、マイ研ぎ石をカバンから取り出し、既に臨戦態勢だ。
「おー、それじゃ頼むぞ!」
包丁3本手渡すと、彼の目付きが変わり、体を屈めて砥石を睨む。
シャッ、シャッ、とリズミカルな音が耳に飛び込んでくると、私はいつの間に
か幼い頃に戻っていた。
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私の祖母はアパートの大家さん。アパートというと聞こえはいいが、昭和期に
あって既に古臭く、ガタピシした長屋のようなものだった。なので住人達も変
わった人ばかり。ヤクザ、バーの女給さん、(昭和の)中年フリーター、精神疾
患者、生活困窮者。それでも皆、優しくて面白い人達だった。
(余談だったけどこの時の暮らしが私の精神性を作ってくれたと確信している。)
そんなアパートに、数か月に1回、包丁研ぎのおっちゃんがやって来る。
歪んだ自転車をギィギィいわせながら、くわえタバコの胡麻塩頭。荷台に沢山
の袋をぶら下げて。うちのアパートの前に自転車を止め、袋から様々な砥石を
出して並べて、水を汲んでくる。そうしていると…、(どうやって人が集まっ
てきたかは覚えてないが)おばちゃんたちが包丁を持って集まってくる。
そしておっちゃんは、包丁を一つづつ研ぎ始める。シャッ、シャッ…。
心地良い一定のリズムで手を前後していく。くすんでいた包丁も、瞬く間にピ
カピカに!新聞紙で切れ味を確かめるように、斜めに刃を振り下し、完成!
おばちゃんらは、さも当たり前にそれを受け取りお金を払う。おっちゃんも黙
って受け取る。そこにほとんど会話はなかった(と思う)。私を含め近所の子供
数人は、場の雰囲気に飲み込まれながらも、おー、と小声で囁きながらじっと
その様子を見つめる。研ぎ屋のおっちゃんは時折、私たちを見てニヤッと笑う
(話したという記憶もない)。私たちにとっておっちゃんは最高にカッコイイ
憧れの人だった。
夜、家に帰って母親に包丁研ぎの話を羨ましげに言うと、母親はキッとなって、
「あのおじさんはね、昔良くないことをしてね、警察に捕まったとよ。それで
何の仕事も無くて仕方なく包丁を研いで貧乏な生活しとるんよ。だけんあんた
は、ちゃんと勉強してちゃんとした仕事につかな、いけんよ。」
今思えばひどい言い方だが、そう言われても私にとって今でも眩しい人である。
「海さん、終わりましたよ。」
額に汗をにじませ、彼が笑顔で振り返る。そして、やはり新聞紙を手に包丁を
入れる。
「こうすると更に切れ味が増すんですよ。」
成程そういう事だったのか…。「ありがとな!」
万能包丁と称して、鶏の骨から小枝まで切り尽くしたボロボロの包丁が、今目
の前で、光っている。本当に切れるようになったかな?と軽く刃先に指を添え
てみた。スッと冷たい感覚が走り、指の腹から赤いものが滲んできた。
ああ、包丁研ぎ職人にようやく再会した! と嬉しさもこみ上げてきた。

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by ut9atbun61 | 2018-03-30 22:55 | 田舎 | Comments(0)
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