谷迫組覚書

おらが集落には“組”というのが4つある。
近所付合いする上での最小単位とでも言おうか。
更に、おらが組は谷迫組といって(谷が迫っているところだからか)現在4軒。
その組長を今年度やり終えた。ほっと一安心と、先週庚申様という組長交代の儀を
やった。平たく言えば、組内で飲み食いして話をする会だ。
その会で、『谷迫組覚帳』というノートが話題に。
昭和43年より組に関する覚書をしている貴重な文書だ。
確かそんなものあったなと思い、その夜、組長セットから引っ張り出してみた。
茶色く日焼けしたB5ノート。辛うじてばらけてないのは先人達の怨念なのか。
昭和43年当時は、9軒住んでいた様子。藏之進だの勘七だの血気盛ってそうな名
前が居並ぶ。大体当時の書き留めた内容は葬儀と会計報告。おそらく葬儀は一大イ
ベントだったに違いない。最近まで存命だった大工棟梁が書いた心得があった。
                             (一部抜粋)
“葬儀に於ける気の付ける点”…買い物は婦人を主体に 良く聞き 相談する事
             …受付はまじっくは不可 墨が良い
             …壺堀りの食事の件 風呂を沸かして置く
             …黒豆を撒く習慣あり
と何とも雰囲気たっぷり!気の荒いおっさんらが、葬儀では動揺して婦人衆に頼っ
てるだろう姿が微笑ましい。また壺掘りというのは、おそらく土葬の事であろう。
また当時の会計記録を見てると、何とまあ酒の字が多い事多い事!
 谷迫道路修理 ○○氏より酒1本
 道草刈り   ××氏よりビール5本
 分道の橋補修 人夫誰々… 焼酎1升 1級酒
 道路修理   ▽△氏より2級酒2本
酒の分類と誰から貰ったかは事細かだ。この時代の日当は酒が一番なのだろう。 
そして昭和61年からぷつりと記録が途絶え、時代は変わり平成14年。
何と私がちゃんと記述しているではないか! すっかり忘れていた。
私が尊敬していた無農薬独りぼっち農業をやっていたじいちゃんが亡くなった時だ。
この方は強く土葬を希望されていたので、集落で久しぶりの土葬をした。
私は墓掘り(壺掘り)を名乗り出て、他3名と一緒に掘った。清々しい汗をかいた。
(これは覚えてないが)どうやら人生初の葬儀委員長まで務めさせて頂いたようで、
ちゃんと記されてある。有難や。
しかし、残念ながらそれ以降は数年に1回、その年にあった出来事が簡単に書き留
めてあるだけで、ノートが寂しくなっている。
こうした記録は集落の歴史であり、文化につながるんだ…。
そこに今夜、私はしっかり書き込んでいく。

 平成29年4月~30年3月まで 谷迫組組長 田中海太郎
野峠堤大改修も無事終わり、本年度より……。……このノートもずっと続いていっ
て欲しい! 未来の人が見返してくれる事を望んで‼

             

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by ut9atbun61 | 2018-03-19 23:37 | 田舎 | Comments(0)
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