海も暮れきる
3月の旅の終わり頃、本屋に立ち寄った。
そこで今まで欲しいなと思っていた本に出会った。 吉村昭「海も暮れきる」、究極の自由俳人尾崎放哉の伝記小説。 私の中で彼のイメージは輝いていた。会社、家族など俗世間を一切捨て、自由を求めて 放浪して、思いつくがままぽろっと素敵な俳句を落としていく。 たった一人になり切って夕空 落葉木をふりおとして青空をはく ただ風ばかり吹く日の雑念 今日も夕陽となり座ってゐる 浅きながら私なりの理解で心地良くさせてくれる。 そんな憧れの人の半生を堪能しようと、喜んで帰りの列車で本を開いたのだが…。 間もなく下車駅、という頃に本を閉じた…。一応読破はしたが、読後感が悪い。もう何とも 言えぬ哀しさ、虚しさ、やりきれなさで胸が一杯になった。 何でこんな小説を読んだんだろうという後悔さえ頭をよぎった。 酒に溺れ、人と交われない孤独な人間が現実に生きる事とはこうだ!と叩きつけられたよ うな気がした。また文章が余りにもリアリスティックなため、自身も諭されているような錯覚 に陥った。 理想と現実。強い人間は理想を抱えながらもしっかり現実を踏みしめて生きる。 弱い人間に限って、理想(を目指すのでなくて)へふらふら流されてしまう。そうしてダメの 烙印を押されてしまう。私は後者の方が人間味があって好きなのだが、果たして幸せなの はどちらなのだろうかと問われると答えられない。 私はいつもその現実と理想の間で揺れ動いているが、そうしているうちが一番幸せなのか もしれない、この本を読んでそう感じた。 それにしても、吉村昭氏の文章は鬼気迫るものがある。文体は一切私情を挟まない。冷 徹なまでに不幸の連鎖の事実を畳みかけてくる。かつてない衝撃を受けた(良い意味で)。 しかしその半面、以降尾崎放哉の句を味わえなくなってしまった…。
by ut9atbun61
| 2012-06-19 23:33
| 本
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