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有機農業への思い

  私の農業形態は、一応有機農業です。
しかし別にJASを取っているわけでもなく、何処からか認可を受けているわけでも
ありません。ただ自分で公言しているだけです。
 最近は農業全体の流れが、環境にやさしいだとか、農薬を減らすという方向に変
わってきているだけに、猫も杓子もといった感があります。
 そこで私にとっての有機農業に対する思いを述べたいと思います。

 私は、幼い頃から親の影響で無農薬・自然食品ばかり食べていました。
「真っ赤なウインナーはダメ」、「安い駄菓子はダメ」、「菓子パンは〇〇生協のだけ」
などかなり厳しい食事制限を受け、学校の弁当には玄米が入ることもありました。
 
その反動で、東京で一人暮らしを始めた時は、体に悪そうなものを好んで摂っていま
したが、どうもそれほど美味しいと感じられない。結局は幼い頃の舌が覚えているよう
です。

 そして田舎にIターンして農業を始めてから(つまり消費者から生産者に変わって)、
農薬を使っている人や無農薬で頑張っている人達を見たり、話したりしているうちに
考え方が変わりました。

 有機農業は誰のため? 消費者? 家族? 次世代の子供たち?
 いずれも正解でもあり不正解でもある。
 確かに添加物や農薬が人体に悪影響を与えることは私も否定しません。
最近、近所やお世話になっていた40~60歳の方が、がんで次々に亡くなっています。
農薬や添加物が世に出てきて、それを享受した世代であるだけに妙に納得してしまう。
 しかし農業のミクロな世界と向き合っていると、その以前の問題が浮かび上がってきます。

 『農業をするということは、山を切り開き、木を切る。最近は周りをコンクリートで囲う事も
ある。ビニールハウスを建てる。そして除草剤で雑草を枯らし、大型機械でカエルをはじめ
様々な小動物を踏みつぶす。病気や害虫が出たら、薬で死滅させる。
 そうやって様々な犠牲の上に、私たちが口にする食べ物が出来上がる。


 少し大袈裟に書きましたが、決して否定したいがために書いたわけではありません。
それだけ食べ物が尊くて有難いものだということです。米一粒、トマト一個を
どれだけ自然界が苦労して作り上げてくれたのか、お金で換算できないものがあります。
私も有機農業を手作業でやったからこそ、そう感じられるようになりました。

 つまり私が有機農業をするのは、自然に対して余り迷惑をかけないやり方だからです
誤解を恐れずいうと、たかだか人生6~70年。少々農薬がかかってても私自身が食べる
分には全く気にしません。超健康志向(我が身のことだけ考えている)からきた有機農業
とは違うからです。
 そんなことよりも、自然の恵みが無ければ何も生まれません。自然こそすべて

 
 是非農業のミクロな世界も覗いてみてください。いつでも道案内は致します。

 
by ut9atbun61 | 2010-04-21 23:29 | 農業(有機) | Comments(0)
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