カテゴリ:田舎( 228 )

暗闇の思想

最近、めんどくさくなって政治的な事は余り考えたくないのだが…。
私の故郷、九州玄海原発で再稼働の話が持ち上がってきた。
おいおい、と思う。福島を経験して将来的には原発になるべく頼らないようにと
申し合わせたはず(段階的に減らしていくとか)。まだその具体策もビジョンも
何も示されないうちに次々に再稼働の動きが起こっている。
何処かで、そろそろほとぼりが冷めた頃であろう、という囁きが聞こえてくる。
神妙な顔付きで、安全対策は万全だからと言いきかせている。
私達はちょっとからかわれているんだろうか?
原発再稼働賛成反対でごちゃごちゃもめる前に、一つの思想を考え直してみる
べきではないだろうか? 私の敬愛する松下センセ(故人)の『暗闇の思想』を。
(ちと長いが、これでも一部抜粋)

松下竜一 『暗闇の思想』
 あえて大げさにいえば、〈暗闇の思想〉ということを、この頃考え始めている。
比喩ではない。文字通りの暗闇である。
 今、私には深々と思い起こしてなつかしい暗闇がある。10年前に死んだ友と共
有した暗闇である。友は、極貧のため電気料を滞納した果てに送電を止められて
いた。私は、夜ごとこの病友を訪ねて、暗闇の枕元で語り合った。電気を失って、
本当の星空の美しさがわかるようになった、と友は語った。暗闇の底で、私たち
の語らいはいかに虚飾なく青春の思いを深めたことか。暗闇にひそむということ
は、なにかしら思惟を根源的な方向へとしずめていく気がする。それは、私達が
青春のさなかに居たからというだけのことではあるまい。皮肉にも、友は電気の
ともった親戚の離れに移されて、明るさの下で死んだ。友の死とともに、私は暗
闇の思惟を遠ざかってしまったが、本当は私達の生活の中で、暗闇にひそんでの
思惟が今ほど必要な時はないのではないか、とこのごろ考えはじめている。
 本当ならこういわねばならぬのに―だれかの健康を害してしか成り立たぬよう
な文化生活であるのならば、その文化生活をこそ問い直さねばならぬと。現代を
生きる以上、私とて電力の全面否定という極論をいいはしない。今ある電力で成
り立つような文化生活をこそ考えようというのである。
 「一体、物をそげえ造っちから、どげえすんのか」という素朴な疑問は、開発
を拒否する風成で、志布志で、佐賀関で漁民や住民の発する声なのだ。反開発の
健康な出発点であり、そしてこれを突きつめれば〈暗闇の思想〉にも行き着くは
ずなのだ。
 いわば、発展とか開発とかが、明るい未来をひらく都会志向のキャッチフレー
ズで喧伝されるのなら、それとは逆方向の、むしろふるさとへの回帰、村の暗が
りをもなつかしいとする反開発志向の奥底には、〈暗闇の思想〉があらねばなる
まい。
 まず、電力がとめどなく必要なのだという現代の絶対神話から打ち破らねばな
らぬ。ひとつは経済成長に抑制を課すことで、ひとつは自身の文化生活なるもの
への厳しい反省で、それは可能となろう。
 冗談でなくいいたいのだが、〈停電の日〉をもうけていい。勤労にもレジャー
にも加熱しているわが国で、むしろそれは必要ではないか。月に一夜でも、テレ
ビ離れした〈暗闇の思想〉に沈みこみ、今の明るさの文化が虚妄ではないかどう
か、冷えびえとするまで思惟してみようではないか。

 私には、暗闇に耐える思想とは、虚飾なく厳しく、きわめて人間自立的なもの
でなければならぬという予感がしている。

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by ut9atbun61 | 2017-04-24 23:03 | 田舎 | Comments(0)

久留米の心

4月1~2日と九州弾丸里帰り。
中津で叔母の法事、そして久留米で生地巡礼。
私にとって九州は特別な場所。単に生まれた場所というより、私のアイデンティ
ティそのものと言っていい。
関門海峡を渡ると妙にジーンとくるし、筑後川を渡ると顔が緩みウキウキし出す。
昨日は中津名物唐揚げと関サバ。
今日は久留米ラーメン。R3の顔、丸星ラーメン。1杯400円に故郷の味が沁み
込んでいる。キムラヤ無き今、フランソアで我慢。そして高菜を大量購入。勿論
高菜漬けの為に。
夕闇迫る頃、苦しい胃腸を抱えながら、しっかりと九州を食いだめして帰還した。
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by ut9atbun61 | 2017-04-03 00:04 | 田舎 | Comments(0)

老いてはイヌままに

東の方から夕闇が迫ってきたのだろう、毛で受け止める風に冷たさを感じる。
足元を流れる水が夜を誘い出す。しかし全てが暗闇では、皆目見当がつかぬ。
わしは、再び遠吠えをかました。が、間もなく激しく咳き込んで止めた。
冷たいコンクリートの壁がこだまして笑い出した。
「自慢の鼻もこのざまじゃあ、もう齢だな。」
犬の13歳を人間に例えるとなんていうバカバカしい会話が妙に懐かしい。

数日前から、わしは光を失った。そして今朝、いつもの散歩道、足を踏み外
して何処かへ落ち込んだ。ひっきりなしに水が流れているところをみると、
さしずめ田んぼの水路であろう。
助けを求めようと、朝から声を張り上げてきたせいか、喉がじりじり痛む。
最近余り吠える事をしなかったしな、と振り返るもそれは慰めにもならぬ。
「このまま死んでしまうんかな?誰にも気付かれずに…。」
ため息をつく。寂しさの果てにしっかと刻まれた足の傷をひとしきり舐め
ていると、
「おーい、ピス!ピス!何処だ!」
遠くで聞きなれた声がする。方角は、…よく分からないが。
「ピスー!ピスー!どこなの!」
小さき声も交じりつつ、徐々に近づいてくる声。
わしは、ブルっと水気をひと飛ばしして、尻尾を立てた。そして再び力を振
り絞り吠えた。吠えた。吠えまくった。
ところが、温かな声達は車の音と共にゆっくり遠ざかっていく。
「ここじゃ、ここじゃ!」と言ってるつもりだが、聞こえないのか?
しばらくして再び声が近づく。今度は長靴を引きずるような音3つ。歩きだ。
「さっきこの近くで声がしたんだがな。」「いや、あっちのほうだったよ。」
しかしまたもや、遠ざかっていく。これが2,3回繰り返された。
「こりゃダメだ、ダメだ。もうどうしようもない…。」
最後の探す声は、諦めの声だった。
どうやらわしの遠吠えは、水路のコンクリートが反響しあって、あちこちの方
角に飛び散り、色んな方角から聞こえてくるらしい。つまり探しようがないと
結論付けたようだった。
何かがすうーっと抜けていった。それは犬が魂と言ったらお笑いなので、気持
ちとでも言っておこうか。
わしはそこいらを歩き回った。そして身体の半分ほどの平べったい石を見つけ、
そこに疲れた身体を横たえる。
水に奪われた石の体温にゾクッとしながらも、しばらくの間休む事にした…。

…それからどのぐらい経ったであろうか、突如、まばゆい一筋の光が眼を差す。
「ピス?だよね、そんなところにいたんか!」
大きな手がわしの体をぐっと掴み抱き上げてくれた。
この声、この臭いは、研修生のKだ!
驚きや喜びもそのまま、軽トラックに乗せられた。そして、
「ピス!ピス‼ お父さん、ピスが帰ってきたよ!」
「びしょ濡れじゃないか、何処に行ってたんだよ!」
手荒い歓迎でもみくちゃにされながら、ひとまず安堵した。
わしは、も少し生きていられそうじゃな、と。

「これじゃ、もう放し飼いは無理だね。」「いや、これでもう懲りただろう。
白内障で見えないんだからもう怖くて出歩けないな。」
わしは“くんくーん”と、練習を重ねた猫なで声を出してすり寄った。
とりあえず、尻尾を千切れるように高速で振りながら。
しかし、だ。わしは決して徘徊を止めようとは思わん。
今回はちょっとヘマしただけに過ぎぬ。

ある日の夜更け。首輪と鎖をしっかりと繋いだ金具を、地面に擦りつけて外し、
わしはゆっくりと暗闇に向かって歩いて行った。
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by ut9atbun61 | 2017-02-19 22:48 | 田舎 | Comments(0)

最近思ふこと

この世は摩訶不思議な話に溢れている。
どこに正義があるのか、そもそも正義なんてものはないのか?

TPPという問題に対し、日本中の(7割ぐらいかな?)百姓が反対している。
正直言って、私の立場からすればどっちでもいいや、というもの。
うちは大規模農家でもないし、どこかと競い合って生きている訳でもない。
小さく耕して、小さく稼いで、小さく繋がっている。
強いて言えば、都会に生きる消費者の為に私は反対しよっかな、と思う程度。

一方、JAは農業者の立場から『断固反対』と鉢巻巻いて息巻いている。
それはそれで私は筋が通っていると思う。
ところが、先日届いた農政連(農業者政治連盟)の通信にはJA、農業者出身
の国会議員さん御二人が、この度TPP法案賛成した経緯を述べていた。
本来は反対なのだが、今後の党内(つまり自民党)での立場や発言力の低下を
考慮して止むを得なかったと弁明している。そして今後はこれまで以上に、農
業者の声を国政に反映させていきたい、と締めくくっていた。

私はこの発言に対して批判する気はない。議員さん方は色んな人と相談し、悩
んだ挙句、苦渋の決断を下したのだから。またこの場では、TPP推進派にケ
チをつける気も無い。彼らなりの論理で進めているだろうから(気に喰わない
論理は一杯あるけどね)。

問題は農業者やJAの立場。あれほど団結し、反対を叫び続けて、それで身内
議員が折れてしまうと、その場では怒りつつ、いつの間にかウヤムヤ。
次の選挙ではまた同じ政党、同じ人を応援する。自分たちの代表を国会にって。
今度こそってか?

別に政府自民党を応援するな、と言いたい訳ではない。
トコトン応援したいのであれば、自民党の発言や政策(農業を強くするという)
を信じてついていくべきだし、全く誤っていると思うなら、今後応援しないぞ
という本気の脅しを掛けないと、自分たちの意見は届かない。
農業新聞は、選挙の時に推薦議員一覧(9割自民党)を全面広告で掲載してい
るが、もういっそのこと、「この度は政府にすり寄る議員さんを応援しません」
なんて極太文字で掲げたらかっこいいだろうに。


多分政府のお偉方は、農業系議員とJA・農業者を軽~く見てるに違いない。
何やったって最後はついてくるだろうとたかをくくっている。
そういう意味では、農業系議員も不甲斐ない話だ。議員生命の一つや二つ懸
けても痛くはないだろう。後世の記憶に残るのだが。

そう言う私も田舎の付き合いとはいえ、農政連に加入している。この先輩方
には随分かわいがってもらった。別にこれに憤慨して辞めようとまでも思わ
ないし、喧嘩もしない。せいぜい、総会に顔出して自分の意見は言わねばな
らないだろう。

そうでないと、高田渡が唄う、理も非も分からない世界になってしまうから!
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by ut9atbun61 | 2017-01-26 22:28 | 田舎 | Comments(0)

おくがの30年

今年、私達の『おくがの村法人』が設立30周年を迎える。
30年…、中々辿り着けない年月(確か数年前ZZトップが結成35年だと言
ってたかな)。集落営農のトップランナーとして様々な紆余曲折があっただ
ろう事は想像に難くない。おっさんという古き良き独裁者が、個性的な村民
たちを上手にまとめてきたからこそ。おっさんが自ら“損長”を名乗るのも言
わずもがな、である。

私はその約半分の時間をここ、おくがので過ごしてきた。
初めは何が何だか訳が分からないまま。でもいつの間にやら、地元をよく知
る“物知りおじさん”になってしまった。
何故かというと、私がIターン者として早くみんなと馴染もうと努力してき
たからだと自負している。また民俗学というものに少し興味があり、その観
点から、集落を観察・メモしてきたからだ。
集落は、人の生き死に始まり、寄合・飲み会・争い・助け合いとなんでもご
ざれ。皆必死で向き合っており、それを少し離れたところからIターン者は
俯瞰的に観ることができる。これは特権でもあり、また疎外を感じる事でも
ある。

昨年から今年にかけて、設立当初からのメンバーが立て続けに亡くなった。
そのじいちゃん達とは、言葉で語りつくせないほどの濃蜜な思い出で溢れて
いる。哀しい…が、俯瞰的に観るからこそ、悲しさ以上に何か尊さを感じて
くる。物事を創り上げていく為に必要なもの。
つまり、次世代にバトンをつなげていくことの大切さを、先に逝ったじいち
ゃん達の面白エピソードと共に噛みしめていこうという気にさせられるのだ。
そんな偉そうな事を書いても所詮は存在するだけの価値しかない。
若い頃は突飛な野望を抱いていたが、それも今や、生きてるだけで充分満足。
そんな意気で野良仕事に励んでいこうと思う。
…とはいえ、ずっと雪に閉ざされているのだが、何時になればや?
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by ut9atbun61 | 2017-01-23 00:20 | 田舎 | Comments(0)

ようやくの年明け(後漢風に)

顔をこわばらせながら、「あけまして…」とは言うが、次の句が告げない。
まるで幽身の劉琦の如く、すべての世界が灰色に見える。
テレビから繰り返し聴こえてくる「おめでとうございます!」の空虚な叫び
にイライラしながら、「どうせ人間死んでしまうから」という中島先生のお
念仏を頭に走らせると狂士禰衡の気分で、やや安らぐ。

今年は全く参った。元旦夜から風邪の症状で臥せってしまい、いつもの我流
漢方&食養生が今年も見事に功を奏さず、悪化して肺炎化(子供より転移)。

その菌は、更に賊徒化して頭の中を暴れまわり(所謂、黄巾族の乱)、都に
迫る勢いで、もう痛いのなんの。名医華佗に頼めば、頭を斧で割られる可能
性が多分にあったので、それはよして現代医学に救援を乞う。CTにまで御
世話になり、何とかなった。そしてあの霊帝には及ばぬものの、完全なる寝
正月生活。しかし回りの小さな宦官どもがやかましかった。

友人との約束も、地元付き合いも、出初式も全てお断り、
その暇潰しに開いたのが横山三国志マンガ60巻と三国志関連書籍3冊。
おかげで現実生活との区別がつきにくくなり、危うく死期迫った孫策の二の
舞になるところだった。
そんな不真面目姿は家人は決して認めぬという…。

「毎年風邪ばかりひいて、それだけならともかく自然治癒だの言っときなが
ら、ひどくなって結局みんなに迷惑ばかりかけてるよね。それでいて反省の
色は全く無いし!」
という天の声が、何故だか横から聞こえてくる。

「嗚呼、燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや、呉下の阿蒙とそしられようが、事
を謀るは人に在り、事を成すは天に在り!私と風邪はある意味、水魚の交わり
のようなものだ。もう強く申されるな。」
と、私は蚊の鳴く声で返すにとどまった。
何でかって?それは、これ以上調子に乗ると、潼関の戦いで馬超に追われて必
死で逃げる髭の無い曹操の姿を思い出したからです…。

本年もどうぞよろしくお願いします。
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by ut9atbun61 | 2017-01-08 23:52 | 田舎 | Comments(0)

アレルギー出現

とうとうこの日がやってきた!
昨夜、以前手に入れたレンズ豆を使ってエビとチキンのインド風カリーを作った。
我ながら良い出来だと舌鼓を打ち完食したのだが、それから2時間後、布団に入っ
た私は全身の痒みに見舞われた。ボリボリと掻きむしると更に広がっていく。
「何だこれは?」ただただ驚くばかり。おかげでほどんど眠れなかった。

翌日、病院に行くと、おそらくエビアレルギーだろうとの事。
まさか自分が…、がく然とした。
生来よりエビ、カニ、イカなど甲殻類は大好物。
それが食べられなくなるなんて…、私にとっては大きな社会問題である。
この問題の前では、安倍総理なんてどうでもよくなってくる。

この話はまだ続きがある。
病院から帰って、じんましんもだいぶ落ち着いたと思い、おやつを食べた。
何気なく原材料を見ると、「この製品はエビ・カニと同じ施設で製造されてます」
だって。まぁこんな細かいとこまで記載するとは大変だな、と他人事。
その菓子を食べて1時間後、再び軽い痒みが襲ってきた。
まさか、と思うが、他に犯人はいない。あの、エビという文字が曲者だったのだろ
う。私はここまでやってきたか、と悲しくなってしまった。

アレルギーは突然出て来るそうだ。
或る意味、障がいを持った人たちと同じ感覚。何で自分は普通の人と違って妨げら
れなければならないのか?
これを受け入れるにはしばらく時間がかかりそう。
いや、まだ何か対策はあるかもしれない。
私の頭の中はエビアレルギーの情報で一杯になりつつある。
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by ut9atbun61 | 2016-12-19 22:49 | 田舎 | Comments(0)

PTA研究大会 vol.1 ~その前に~

昨日、PTA中国ブロック研究大会が鳥取で開催されるので日帰り参加してきた。
鳥取は久しぶり、前回は真言密教の変な和尚さん(11PMを制作してた人とか)
に誘われて寺でライブをして以来。
元々、PTA活動なんてのは少々苦手。しかし、津和野町連合会長という肩書と、
片道4時間の乗り鉄と、この度の講師がバリバラ(障碍者バラエティ番組)でお馴
染みの山本シュウ氏という要因で参加する事に。総じて良い旅だった!

益田7時発の「スーパーまつかぜ」は、当然最前列の車窓かぶりつき席を陣取る。
車内放送で「先行の普通列車がイノシシと接触したため、安全確認で徐行運転を
する」との事。接触とはどういう事?と注意して見ていると、…見てしまった。
線路上に飛び散った鮮血、レールの外側に60k程のイノシシが横たわっている。
さらにその10m先にはレールの内側にもう1匹。そこを無機質に列車はまたぐ。
山陰線ならではの光景。撥ねた列車の衝撃はいかほどのものだったか、気になる。

列車の前面展望と読書(高木護と西村賢太というどうしようもないダメアウトロ
ー文学を何故かチョイス)の両方を愉しむと4時間なんてあっという間。
11時に鳥取到着。PTA大会は10時からで既に始まっているものの、最初はご無
礼、折角なので砂漠に足を延ばす。観光案内所で1時間半で(行って帰るの)は無
理だと愛想なく言われてムッとしたが、現地に行ってよく分かった。

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目の前に広がる砂場に蟻と化した人の群れ。海岸線まですぐだと思いきや、行けど
も行けども辿り着けない。更には砂に足をとられ、砂の坂は滑るし。
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しかしその先には絶景が待っていた。好天のお陰で180度展望も突き抜けている。
ここで朝陽から夕陽までの移ろいを見てみたいと思わせる景色力。

駆け足で帰りのバス停に向かうと、背面にはひっそりとため池が広がっている。
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「多鯰ヶ池」とかいう、中央に1本樹木の小島があって雰囲気抜群の侘びの佇まい。
正直言って砂丘よりも魅かれた。ここでも半日ぼんやり出来る!

現実に戻ってバスで県民会館に向かう。
シュウさんの講演は次回にでも。
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by ut9atbun61 | 2016-11-13 23:07 | 田舎 | Comments(0)

猪骨ラーメン

この度、私、「豚骨ラーメン」ならぬ「猪骨ラーメン」を見事完成させました!
こちらに来て16年、これまで数回チャレンジするも、なかなか思うようにダシが
出ず、今回ようやく"それ"らしき味に近づきました。
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1頭分のゲンコツと2頭分の背骨をしっかり砕いて、炭火で1日煮て半日寝かして
丸3日間。2日目越えた辺りから、色が白濁、獣臭から猪骨臭へと突然変化した。
それに醤油ベースのスープダレ。化調を入れないため、コクが弱そうだから隠し
味にゴマペーストをちょっと。あと、猪背脂が手に入らなかったため、スーパー
でラードを買ってきてと頼んだところ、牛脂をタダでもらってきたなんて事に。
カチン、ときたが、喧嘩になってはいけないので、止む無く有難く牛脂で代用。
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トッピングは、焼猪、卵、ネギ、高菜、海苔、ゴマ。ラーメン自給率は高い。
麺は手作りでなく久留米産を使って。

さて今日は家族向けの試食会だったが、皆余り浮かぬ顔。
お味は?と聞くと、子供らは「うん、まぁまぁだね…。」
そう言いながら、予備に買っといた市販スープの方に手を伸ばす。
結局、興奮して食べきったのは私一人だけ。中には全く手を付けない者も。
まぁ、猪のイメージと作成段階の獣臭を感じているので止むを得ないかも。
しかし、味はいい。まったりと麺に絡みつくスープは久留米ラーメンの足許には
届いたかもしれない。ただ牛脂と無化調の影響は免れない。補足ダシとしてイリ
コと昆布も使ったために、ちょっと天下一品っぽく仕上がってしまった。
九州人の掟として、美味しかったラーメンはスープ1滴残らず飲み干せというの
があるので私は2杯分たいらげた。
現在、腹の様子がちょっとおかしく、腹をさすりながらも、私はラーメンの完成
度は高いと信じている。
早速、近くの舌の肥えた九州人に試食してもらう予定。
そこで評価を頂いたら、農閑期に1日限定でラーメン屋を開いてみようかな。
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by ut9atbun61 | 2016-11-07 22:26 | 田舎 | Comments(0)

猪突望身

ウサギの次はイノシシ! 
裏山は獣たちのパラダイスの様相だ。
最近、捕物劇の時は不在が多かったで、久しぶりの現場に出くわした。
「今から殺して水にさらして解体するとなると時間が潰れるなぁ。」
なんて事考えながらも、身体は勝手に動いて金てこ(バール)を手にした。
脳天一撃!可哀想ではあるが、里芋、人参、ブルーベリー苗を荒らした罪
は償ってもらおう。20キロ弱の中物であったが、意外と脂の乗りがいい。
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ゲンコツと背骨は、九州人として久々にラーメンスープを取ろうと思い、
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小腸はソーセージ、レバーはペーストを作るのに。
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やっぱり、イノシシはウサギよりも美味しい。
それを野良仕事が忙しいと言ってちゃ、獣たちに申し訳ない。
しっかり時間を割いて、供養の意味でも徹底的に食べてあげないと。
獣に飢えた人間の本能こそ、自然の中で生きるナチュラリスト。
どうせ雨だしな…、猟師おっさんらに一杯引っかけられ、火を囲んで半日潰れ。
ほんとは、タンにミミガー、頬肉なんて珍味もあるのだが、そこまでは流石に
取る余裕は無かった。

さて明日も、何も言わずに我が家の食卓にディナーとして並べてみよう。
近頃は皆、更に警戒感を増幅させているので、素直に箸をつけるかどうか…。
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by ut9atbun61 | 2016-10-28 22:52 | 田舎 | Comments(0)