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たぬき堂書店

 昨日、久しぶりに松江に行った。名目は農青連委員長会議。
会議は卒なくこなして(決していい加減ではない)、帰りの汽車までに寄るべき場所へ。
たぬき堂書店
 建てつけの悪いガラス戸を空ける。まず飛び込んでくるのは、古紙の匂い。本棚と本棚
の狭い通路をすり抜けて奥の主人の座所へ。主人は、うつむき加減で目を細めて、何や
ら本を見ている様子。 
「こんにちは。」 気付かない。 
「こんにちは!」 微動だにせず、まだ駄目。 
「こんにちは!!ご無沙汰してます!!!」 顔をあげ、一瞬怪訝な表情。しかしすぐに、
「ああ、あんたかね。元気そうじゃね。」 
くちゃくちゃの笑顔を見せてくれた。

 5年前、私が農業青年の県役員を務めることになった初めての会議の時。酔ってホテ
ルに戻る途中にそこを見つけた。さびれた商店街の中の更にさびれた古本屋。
第一印象無愛想主人。その時は何も買わずに出て行ったが、メガネを鼻頭までずり下
げて、睨むように見る主人の姿は、まさに“たぬき堂”
 その後松江の友人たちにその話をするが、皆、知らぬ存ぜぬ。中にはそんな本屋はな
いはずと言い張る奴もいた。化かされたのか?まさに“たぬき堂”
そうしてずっと気になっていたので、しらふの時におずおずと足を踏み入れてみた。
そして2,3冊気に入った本を手に取り、石像の如く座る主人の前へ…。「これ下さい。」  
 それから私もたぬき

 「あんたの選び方は、面白いねえ。」 難しい顔しといて嬉しい言葉をかけてくれる。
「本も選んでくれる人によって、読ませ方が変わって来る」という愉快な発想を持つ。
「詩と農民生活」昭和初期頃のボロボロ本や鶴見俊輔が描く「夢野久作」などは掘り出し物。しかし私が選ぶ本は、元々ご主人の目利きの品。私はただその掌中であれこれ迷
っているに過ぎない。古書店のセンス如何次第。
 5冊厳選して、逆立ちするほど勉強してもらった。そして時間まで主人と話す。これがま
た楽しい。その時思わぬ言葉が…。
「もしあんたがやってくれれば、わしのこの店をいずれ全て譲りたいんじゃが…」
「えーっ!」私は大声を発したが、主人は続けて、
「まあ、松江と津和野、これじゃ遠すぎるから、この店を益田に引っ越しても…」
言葉の発している先の私の姿は見えているのか、ひとり言のように、
「いやいや、そんな無茶言ったらいかん。まあ夢物語の様なものじゃが」
と勝手に結んでしまった。
 私はもうひと押しあれば、「わかりました。やりましょう!」と言ってたかもしれない。
全く後先の事考えない嬉しい提案に乗っかりかかっていた。

 店を後にした後もずっと考えてしまう。2人の自分が対峙する。
「私が農業したかったのも単なる気まぐれからかも。10年齧ったからもう十分?人生たっ
た一回、せっかくなら既成に縛られずに生きなきゃ。」
「しかしそんな浮ついた考えは、東京でやりたい事をやった20代前半で縁を切ったはず。
あれほど農業に憧れ、周りからIターン成功者などとちやほやされて、もうそれか。」
 結論は決まっているにもかかわらず、悩む、悩む。そして結局は、
「そんな事、帰って皆に言えるわけないか」

 しかし古本屋稼業は絶対に面白いと思う。何故かというと…、
いや、止めとこう。また思いが再燃したらいけないから。
 
by ut9atbun61 | 2011-07-01 22:48 |
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